▼『いちご白書』ジェームズ・クネン

いちご白書 (角川文庫)

 闘いの日の輝きは,今も,失せない.永遠の青春文学,復活.1968年4月,遊園地を軍事関連施設に建て直す事に端を発したコロンビア大学の学園闘争の中,好奇心と下心から学生運動に身を投じたボート部の学生と,活動家の女子大生の恋愛を瑞々しく,力強く描く体験記――.

 960年代半ばに起きた早大闘争,東大紛争,1970年代には筑波大学園祭闘争などが頻発していた.学生運動は,1960年代のアメリカでも起きていた.バークレーのカリフォルニア大学紛争に次ぐ規模に発展した学園紛争,それがコロンビア大学の学園闘争であった.本書は,ジェームズ・クネン(James Simon Kunen)が19歳のときに体験したコロンビアの急進的学生運動年代記である.1968年,SDS(民主社会学生同盟)は,遊園地を軍事関連施設に建て直す計画に反対する座り込み運動を行った.さらに,学部長をオフィスに監禁し,要求を大学に突き付けた.

 全国の大学は,学園の大規模化によって,大学が国家に迎合しファシズム化することに対して激しい運動を行った.礼儀正しく,優秀な子女が通うことで知られたコロンビア大学のデモ活動は過激さを増し,大学構内でのデモやピケットを禁ずる学長声明も出された.クネンは,学生運動などにまったく関心を持っていなかった「ノンポリ」であったが,大学の告発,ストライキ運動に内部から関わっていく.「酸いも甘いも噛み分ける」と評されるほどの人生経験もなく,人の心の機微を察することもできない未熟な学生たちが,徒党を組んで駄々をこねる.当時の社会人たちは,手を焼かされる学生に鼻白む思いだっただろう.

 日本もアメリカも大同小異.安保闘争ベトナム戦争反対――学生の社会批判は麻疹のようなもので,伝播はするが長続きもしない.しかし,機動隊や学生側に死者が出てから,政府はやや「本気」を出して学生対策に乗り出した.盛んに学生運動を行った人物はといえば,企業から敬遠されて自営業をするほかなかったり,細々とオルグ活動を続ける者もいる.良くも悪くも純粋な人たちである.「いちご白書」とは,コロンビア大学の経営者ハーバート・ディーン(Herbert Deane)が,大学と敵対する学生たちを批判して述べた言葉に由来する.

 彼は,「大学の経営判断について,学生の発する根拠のない要求は,『苺が好きな学生が多いか少ないか』という次元以上の意味を持たない」と揶揄した.また,ロックバンドのStrawberry Alarm Clockにインスパイアされたという意味も,「いちご白書」には籠められているという.日本の学生運動の荒唐無稽さ,幼児性はそれだけでお腹いっぱいになるほどだが,コロンビア大でも,似たり寄ったりだということが,残念なくらいに読み取れる.思想かぶれの陶酔家,しかし純粋さだけは,異様な思い込みとなって押し出しも強い.若かりし頃に,一心不乱に打ち込めるものを見つけたという一点,それだけは羨ましいかもしれない.

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Title: THE STRAWBERRY STATEMENT

Author: James Simon Kunen

ISBN: 4043205023

© 2006 角川書店

▼『絹と武士』ハル・松方・ライシャワー

絹と武士

 侯爵松方正義と生糸貿易のパイオニア新井領一郎.二人の祖父の生涯を跡づけながら,日米交流のルーツを考察する興味深い家系史――.

 メリカン・スクールとプリンシピア大学で教育を受けた松方ハルは,エドウィン・O・ライシャワー(Edwin Oldfather Reischauer)と結婚後,ライシャワーが駐日米国大使となった以後サンディエゴ大学カリフォルニア校にライシャワー記念講座を設立し,日本研究の公開講座を開いた.父方の祖父は明治の元勲松方正義,母方の祖父は,群馬県出身の絹貿易商として一代で財を築いた新井領一郎.本書は,日本が封建社会から近代国家へと変貌を遂げた時期,政財界へ多大な影響を与えたこの2人の生涯を中心とした家族史である.

 日本銀行を創設し,金本位制を実施して巨額の不換紙幣と国債を発行した松方財政なくして,生糸の対米輸出事業と富国強兵に要した外貨獲得を新井が実現することはできなかった.この2人は,明らかに「政治的指導力」と民間主導の「企業家精神」をそれぞれが手腕を振うことによって,この国が世界の列強と肩を並べるほどの国力を築く礎を提供した.色を好み子沢山の松方が,合計人数――正妻と妾の子が合わせて11男5女に及んだ――を明治天皇から尋ねられ,正確に答えられず狼狽した話は面白い.また,新井がアメリカに出発する前夜,吉田松陰の妹から松陰の形見の短刀「国富」を託された話も印象深い.

 「兄の夢であった太平洋を越えることによってのみ,安らかに眠ることが出来る」と語った妹は,黒船密航に失敗した松陰の魂を新井に預け,うやうやしく刀を拝受した新井は,その心意気に信頼に値する人間とならんことを誓ったのである.本書は,当初の構想段階では,松方のみを取り上げる予定であったという.コネティカット州在住の伯父新井米男から送られてきた冊子「東の国から太平洋を越えて――一日本人の移民と同化の歴史的,社会的考察」を読むと,新井領一郎や同世代の日系人一世たちの苦闘と栄華の生涯がフィールドワーク的にまとめられていた.それに感激したハルに対し,父方と母方の両方の祖父の生涯を近代日本の変遷として,また日米関係論のひとつとするよう助言を与えたのが,夫ライシャワーであった.

 本書は,どこまでいっても「家族史」であり,子孫から見た家族愛や絆という枠を外れることはない.松方財政の招いたデフレ不況や治安悪化を批判する人は,松方ほど重大な仕事をしたことがないはずだと言ってのけ,GHQによる財閥解体や農地解放,公職追放によって松方家が不利な状況に追いやられた事実は認めても,それを深く掘り下げることを嫌っている.偉大な人物の血を引いた作家の随想録として扱うのが無難な本,ということになる.

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Title: SAMURAI AND SILK

Author: Haru Matsukata Reischauer

ISBN: 4163418504

© 1987 文藝春秋

■「血と骨」崔洋一

血と骨 コレクターズ・エディション [DVD]

 1923年.成功を夢見て祖国から大阪へ渡った少年・金俊平.朝鮮人集落での裸一貫の船出から,持ち前の腕力と上昇志向で自分の蒲鉾工場を構えるまでにのし上がった俊平だが,並外れた凶暴さと強欲さで悪名も高く,家族までがその存在を怖れていた.俊平の息子・正雄は,父を「頭のおかしいオッサン」と軽蔑しつつ,その巨大さに憧憬とも畏怖ともつかない感情を抱く.そんな折,俊平の息子を名乗る武という青年が現れ,金家に転がり込んで好き勝手に暮らし始める.俊平の存在にびくともしない武の姿に,正雄は羨望の眼差しを注ぐが….

 子というのは全ての始まりであり,この始まりを尽せる人であってこそ,義・別・序・信が認められる――儒教の徳目に逆行する男と,その一族の確執.叙事詩というには陳腐で豊饒さを欠くが,人心も人生の「雑音」に過ぎず,神仏の破壊すら厭わない金俊平は,原作者の実父がモデル.身長180センチ以上,体重100キロを超える体躯に,禍々しい性欲.

 目に留まった女性は片端から犯し――性衝動は原作の方が激しく描かれている――,日本における朝鮮人労働者コミュニティの暗黙を掻き乱す.しかし生命力は圧倒的で,誰も逆らうことができない怪漢だった.済州島に生まれ大阪に移住,欲望のままに人々を畏怖させ,最期は朝鮮半島に帰り病死という家族史.

 原作の要諦は,映画版としても描き出されているが,在日コリアンの生活習慣,生活環境の描写がリアルでそれだけで圧倒される.ただ,コリアンといっても,共通項で括ることはできない.戦中には,朝鮮民族意識を固守するコリアンを罵倒,殴り飛ばした親日派コリアンは,戦後は復員兵ともども逆に糾弾される.“在外同胞”と迫害対象になった在日コリアンを描くことには,現代的にみれば映画的タブーに斬り込む側面もあっただろう.

 強靭な肉体から繰り出される暴力と怯懦な孤独で,金の心象風景をありありと感じさせるビートたけしは見事.朝鮮の巫女の歌にある一節「おまえはわしの骨(クワン)だ」というのが,朝鮮半島で家父長制度を象徴する言葉であるという.土葬された死者の血肉は,腐り果てようとも骨だけは残るという意味をもつとされる.映画ではその説明が皆無であるのは惜しい.

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原題: 血と骨

監督: 崔洋一

144分/日本/2004年

© 2004 「血と骨」製作委員会

▼『纏足』馮驥才

纏足―9センチの足の女の一生 (小学館文庫)

 舞台は清朝末期の天津.女性の足を小さくするために,幼いころから足の指を足底に折り曲げて,布できつく縛る風習・纏足をめぐる千奇百怪の物語が繰り広げられる.貧しい家の美少女が類まれな小足ゆえに,天津の名家に嫁ぐが,彼女を待っていたのは数奇な運命だった.纏足を愛し,翻弄される人間をおかしみのある文体でつづり,文化とは,人間とは何かを問いかける――.

 国が生んだ文化制度は,たとえば儒教,漢字,漢方,律令と実にさまざまな外来文化となって,日本に採り入れられてきた.ひときわ異彩を放つ制度が3つある.科挙,宦官,纏足だ.科挙は朝鮮・ベトナムでも行われ,今では韓国に象徴されるような受験地獄を彷彿とさせるし,宦官はオスマン=トルコでスルタンの閨番を命じられた奴隷と同様の機能をもっていた.しかし纏足だけは,どの国のいかなる時代にも見られないのである.

 この奇習は,幼女の足を緊縛して,趾骨と中足骨を力任せにへし折り,足の裏に固定するという非人道的な施術である.足の発育は止まり,三寸(9センチ)ほどで体重を支えなければならなくなる.また,不安定な歩行になるのだから,女性は遠出することはできない.なぜ,このような風習が宋代から清末期にいたるまで,数世紀にわたって中国女性を支配してきたのか.1942年の鳥山喜一『纒足』には,五代十国南唐の後主が宮嬪に帛をもって足をしばり,新月状にして金蓮台上で舞わせたのが始まりとされる説が紹介されている.これは纏足の起源を語る最も有名な伝説であるが,当時(10世紀頃)の宮廷内は,音楽と舞踏文化が非常に興隆していたことが背景にあることを見逃してはならない.

 中国が生んだ代表的な美人,趙飛燕(?-西元前1)と楊貴妃(719-756)は,ともに足が小さく,バレリーナのように華麗に舞ったという.中国の女性の美的観念が纏足という奇習を生むことに一役買ったのだとすれば,小さな足はそもそも踊り手の足の優美さを強調するために好まれたということになる.美人の条件は,足は1ミリでも小さく,なめらかな皮膚に覆われ,纏足が施された傷跡が目立たないものがよいとされていた.それが,歩行もままならない文化として後代の女性たちを苦しめることになるとは,皮肉なものである.

 束縛というものは2種類あると措定される.1つは単純に身体的な束縛,もう1つは心の束縛である.著者は,心の束縛は中国の古い文化に提示されていると考えた.どのような形で,中国人の心が束縛されているかを考えてみたとき,纏足がその最も根深い悲劇の過程を象徴しているように思えた.そこで,自国の民族とその歴史を冷徹に分析し,民族の運命を描いてみたい――これが本書執筆の根本姿勢となっている.

 儒教の教えで,女性の品行はかくあらねばならぬと説いた有名な本がある.婦道の範典とされる,班昭(40?-115?)の『女誡』である.貞節服従・誠実を女性に強いたものだったが,家庭婦人としての道を正面から取り上げ,女性の劣性と忍従を強調した書になっている.女が生まれると,三日目に,寝台の下の土間にころがして,瓦や石をつかませ,人にかしずいたり,苦労に耐えられるようにしたというからすさまじい.

 女の子が生まれ,3-4歳,遅くとも骨が硬くなる6歳までには纏足が施される.施術者は通常,母親もしくは他の婦人によって行われた.必要な道具は,足を緊縛する布,寝室ではく布靴,縫針と糸,小鋏などだった.纏足の時期が近づくと,女の子に外出を控えさせ,家に閉じこもらせて婦人たちが儀式の準備を進めた.纏足の実施には激痛が伴うため,女の子は止めるよう懇願するが,婦人たちは心を鬼にして女の子を押さえつけ,遂行したという.ユン・チアン『ワイルド・スワン』にも,幼い祖母が纏足された際,「こうしないと,お前がお嫁にいけなくなるからね」と曾祖母が断腸の思いでこれを成し遂げた記述がある.

 ところで,3歳を迎える頃には,男の子もまた違った儀式を強制されることになっていた.隋から清までおよそ1300年続き,中国の独裁強化をささえた科挙である.清朝でいえば,男子は満3歳から受験勉強を始めた.15歳頃までに儒教の経典計57万字を暗記し,4段階の予備試験をパスした者が倍率100の地方入試を受け,さらに倍率数千倍以上の会試,伝試をそれぞれ合格しなければならなかった.そこで晴れて進士に登第することを許されたのである.

 儒教の理想にかなう人物育成は,女性には纏足,男性には科挙と3歳からすでに差別化が始まっていた.儒教文化が家庭生活・母性・手工芸に最高の道徳的価値を置くなかで生きる女性にとっては,それらすべてを体現するのが纏足だった.女性は家に押し込められ,手工業に励み,家庭と共同体で権威を保ち,この奇妙な風習を,望むと望まざるとにかかわらず堅持することになったのである.纏足用の靴にはどれも,趣向を凝らした刺繍がデザインされている.

 本書が発表され,中国の文壇は大きなセンセーショナルに見舞われた.中国文化の醜い部分を暴露した悪書であると論が飛び,多くの批判を招くことになった.その批判の多くは,中華文化の暗部に閉ざされた文化的なルーツを探ろうという,本書の意図した根幹を見落としていた.

世界のどんな民族も,いかに偉大なる文化を創造しようとも,それにはプラスの面とマイナスの面が,あたかも紙の両面のように存在する.両者は一卵性双生児であり,たがいに依存するものである

 纏足が文化的に終止符を打たれたのは,形式的には1902年である.義和団の乱で改革を迫られた西太后(1835-1908)が,その1つとして纏足禁止令を出した.しかし,纏足が本当に下火になるまでには,ここからおよそ20年を要した.これにはいくつかの理由がある.

 纏足が性の対象となっていた風潮は,一朝一夕に改まるものではなかった.さらに,纏足靴の形状と構造をより華美にしてきた伝統とその蓄積は,1000年余の年月にある.それを払拭するには,相当の時間が必要だった.各地で纏足を解くことを呼びかける「天足会」の活動,国民党の北伐軍が封建思想の打倒を目指した布告等により,纏足を衰退に追いやっていったが,ここに19世紀の世界的な趨勢が加わった.中国の家族構造と性にまつわるナショナリズムを糾弾する流れが押し寄せ,纏足がその代表格にまつりあげられたわけである.纏足が世界的に注目を集めたのは,19世紀末から20世紀初頭にかけてである.この時期は纏足廃止論が盛んに叫ばれた時期でもあった.それとともに,この文化は音をたてて崩れつつあった.文化の変革の岐路に立たされた女性は,文化の自己批判の対象となっていった.これを著者は,「文化の悪しき根が現実社会で発作をおこす」と表現している.

 いま,異様なサイズの靴を見やるとき,それを強力に生み出した文化の力のスペクタクルを感じ取ることができるだろう.ここから,儒教的なジェンダー・バイアスがいかに矛盾した制度を作り上げたかも,うかがうことができる.時代の変遷に葬り去られた風習を材に,自己反省からの真実の姿を求め,そこからの向上を模索しようとする好著.

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Title: 三寸金蓮

Author: 馮驥才

ISBN: 409403241X

© 1999 小学館

▼『不思議な世界』山田太一 編

不思議な世界 (ちくま文庫)

 いま見えているこの世界だけが,すべてなのだろうか.ただつかのまを生きている人間が,現実を承知したつもりで「超自然」を否定することができるのだろうか.オカルト,UFO,臨死体験,ドラッグ,そして日常の中にひそむ人の心の不思議.この世の階段をひとつ踏みはずし,向こう側の世界をかいま見るアンソロジー――.

 仰・啓示・直覚などにより得られる認識は,超自然主義の立場から説明される.理性では説明のつかない事象が,感覚的にとらえられる.

 ラフカディオ・ハーン(Patrick Lafcadio Hearn)を主人公にした『日本の面影』,異界の者と触れ合った一夏を語る『異人たちとの夏』などの幻想性が忘れ難い山田太一による,16名のアンソロジー

 日常の会談を踏み外す「あちら側」への扉は,自然界の法則を超越した非合理,現実に確乎として存在しているはずの人の心の綾がそれぞれ作り出す.16篇はなんら関わり合いを持つものではなく,16名の感度に準拠して述べられている.

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原題: 不思議な世界

著者: 山田太一

ISBN: 4480034242

© 1998 筑摩書房