| もともと組合対策として発足した団体の副産物だったアカデミー賞は,60年にわたる歴史のうちに,アメリカのみならず世界中に数多の話題を提供する映画界最大のイヴェントとなった.本書は,エリザベス・テイラー,マーロン・ブランドらの大スターから,消えていった俳優,監督,プロデューサー,デザイナーたちの豊富なエピソードを重ねながら,戦争や赤狩りを経ても,今なお不滅の栄光を放ちつづける秘密を伝える読物である――. |
華やかさが極点に達し,もはや一大アトラクションと化したアカデミー賞――豪奢な授賞式の背後には,映画産業の政治経済的力学と,名声に取り憑かれた人々の欲望が複雑に交差する.本書は,その光と影を26のエピソードで描く,生々しい「オスカー裏面史」.そもそもアカデミー賞は,労働争議を抑え込むための制度的装置として生まれた歴史がある.1920年代のアメリカでは,映画業界のスタッフや俳優たちが急速に労働組合化を進めていた.スタジオ経営者らはそれに対抗すべく,1927年に「映画芸術科学アカデミー(AMPAS)」を設立する.
創設の中心にいたルイス・B・メイヤー(Louis Burt Mayer)は,賞を与えることで映画人を満足させ,労使協調の組織化に成功する.これが後の世界最大の映画祭の原型となった.アカデミー賞は当初から懐柔と支配のための制度であったという皮肉である.戦争,冷戦,"赤狩り"の時代をくぐり抜けたアカデミー賞は,1970年代にはすでに政治的ショーへと変貌していた.作品の芸術性よりも,社会的メッセージや興行的成功が優先される傾向が強まり,式典がアメリカ文化の発信装置として機能するようになる.1973年の第45回アカデミー賞では,マーロン・ブランド(Marlon Brando)が「ゴッドファーザー」(1972)で主演男優賞を受賞したものの,ネイティブ・アメリカンの権利擁護を訴えるため,代理として活動家サチーン・リトルフェザー(Sacheen Cruz Littlefeathe)を登壇させ,受賞を拒否した.
スピーチは全米で放送禁止となり,会場にはブーイングが巻き起こった.この瞬間,アカデミー賞は娯楽の舞台から,アメリカ社会の矛盾を映し出す政治劇場と化した.一方で,栄光の裏には常に屈辱の影がある.フランク・キャプラ(Frank Russell Capra)は「或る夜の出来事」(1934)で主要5部門を制覇するという快挙を成し遂げながら,作品の道徳主義や感傷性を揶揄され,戦後には時代遅れの存在とみなされた.キャサリン・ヘプバーン(Katharine Hepburn)のように"欠席常連"として知られた俳優もいた.12回ノミネートのうち4回受賞しながら,一度も授賞式に出席しなかったヘプバーンにとってオスカー像は,芸術家としての矜持よりも,商業主義でしかなかったからである.
オスカー像のモデルはメキシコ系俳優エミリオ・フェルナンデス(Emilio Fernández)で,当初は裸体像としてデザインされたが,検閲を恐れて腰布が加えられたという.印象的なのは,「風と共に去りぬ」(1939)で助演女優賞を受賞したハティ・マクダニエル(Hattie McDaniel)の境遇である.アフリカ系俳優として初めての受賞者だったが,当時の会場ホテルが人種差別方針を取っていたため,マクダニエルだけは会場の隅の席に座らされた.本書は,こうした断片的なエピソードを通じて,アカデミー賞をアメリカ文化の縮図として読み解く視点を提供する.オスカー像の金色の輝きは,栄光の装飾と呼ぶことはできない.ハリウッドという巨大な夢工場が生み出した光と影の総体である.
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原題: アカデミー賞―オスカーをめぐる26のエピソード
著者: 川本三郎
ISBN: 4121009649
© 1990 中央公論新社

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