▼『ダブリン市民』ジェイムズ・ジョイス

ダブリン市民 (1953年) (新潮文庫〈第570〉)

 貧しい家をぬけだして,ブエノスアイレスで新しい生活を始める約束をしてしまった少女のためらいを描く『エブリン』.クリスマス舞踏会の主賓ゲイブリェルの心の動きを中心に,美しい心理描写で潜在意識の世界へ踏み込んだ『死せる人々』など,愛,死,宗教,政治などのテーマによってダブリンとダブリンの人人の生活を自然主義的リアリズムで描く15の短編を収める――.

 イルランド独立運動挫折期,南ダブリンの裕福な地域ラスガーにて没落してゆく中流カトリック家庭で,ジェイムズ・ジョイス(James Augustine Aloysius Joyce)は育った.イエズス会の教育を受け,設立間もないユニバーシティ・カレッジ・ダブリンを卒業したジョイスは,徹底した写実技法によって自らダブリンを”麻痺の中枢”と称した.本書は,トリエステ,ローマなどヨーロッパを転々としながら,アイルランド精神史の一章を書く意図で著されたジョイスの初期成果である.

 酒に溺れた夫を捨て,下宿屋として奮闘するムーニー夫人.下宿している男性と自分の娘の関係を知った夫人は,娘を相手と結婚させるべきだと考える…(「下宿屋」).日々退屈な仕事に追われるチャンドラーは,詩を愛する男.ロンドンで立身出世した友人と8年ぶりに会って,自分の詩作を売り込みたいと考えるが…(「小さな雲」).厭世的な生活を好む男が,ふとしたことから夫人と知り合い,知己となる.だが彼女に幻滅して関係を断ち,4年後.新聞記事で堕落した夫人が轢死したことを知る…(「痛ましい事件」).全15篇.

 都市ダブリンが”麻痺の中枢”であり,「無関心な公衆」の様相は,幼年期,思春期,成年,社会生活の面で描かれる.それは,閉塞的なダブリンに住む人々の挫折の諸相ということでもあった.無気力な現状に対し変革の努力もせず,運命に抗することもない憂鬱に支配されている場所に,ジョイスは不満と違和感を抱き続けた.母の危篤に際して帰国した後,再び出国してチューリッヒ時代(1915年-1920年),パリ時代(1920年-1940年)をジョイスは過ごす.

 イギリス王室の文学基金助成金を得て,T・S・エリオット(Thomas Stearns Eliot)やサミュエル・ベケット(Samuel Beckett)との文学的交流を結び,「内的独白」や「意識の流れ」という手法,さらに言語の前衛的実験を通じて人間の内面と言語性を追求した.本書は,多数の大学で英文講読文献に指定されている.

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Title: DUBLINERS

Author: James Joyce

ISBN: 4102092013

© 1953 新潮社