▼『聖女の救済』東野圭吾

聖女の救済 (文春文庫)

 資産家の男が自宅で毒殺された.毒物混入方法は不明,男から一方的に離婚を切り出されていた妻には鉄壁のアリバイがあった.難航する捜査のさなか,草薙刑事が美貌の妻に魅かれていることを察した内海刑事は,独断でガリレオこと湯川学に協力を依頼するが…驚愕のトリックで世界を揺るがせた,東野ミステリー屈指の傑作――.

 学の天才による奇抜なトリックを,物理学の奇才が鮮やかに暴いた『容疑者Xの献身』に続く,探偵”ガリレオ”の長編作第2弾.論理的には根拠十分だが,現実的にはあり得ない「虚数解」になぞらえ,犯行手口を突破するシンプルな筋が本書の持ち味.

 IT会社社長の真柴義孝とその妻・綾音の間には子どもが授からず,それを理由に真柴は妻に離婚を切り出した.夫の殺害を決意した綾音は,猛毒である亜ヒ酸を用いて彼を毒殺.しかし,犯行時刻に綾音は,北海道の実家に帰省していた強固なアリバイを作り上げていた.毒物を飲ませる遠隔操作の疑いはない.ガリレオこと物理学准教授・湯川学は,事件の経緯は「虚数解」であると推理する….

 三次方程式の解法に関連して,負の数の平方根を利用したのが虚数の導入であった.実数の範囲では負の数の平方根は求められないため,二次方程式x2=-1は,実数の範囲では解くことができないのである.虚数のことを,安部公房は『他人の顔』で「二乗すると,マイナスになってしまう,おかしな数」と表現した.

 ガリレオが対峙する今回の難敵は,完璧なアリバイと犯行計画を両立させた女性.前長編のサプライズに比較すると,種明かしのインパクトはやや弱い.それは確かだが,驚異的な持続力がなければ遂行できない犯行と,荘厳な雰囲気なタイトルの意味づけは見事.紛れもない快作である.

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原題: 聖女の救済

著者: 東野圭吾

ISBN: 4167110148

© 2012 文藝春秋