▼『ロリータ』ウラジーミル・ナボコフ

ロリータ (新潮文庫)

 世界文学の最高傑作と呼ばれながら,ここまで誤解多き作品も数少ない.中年男の少女への倒錯した恋を描く恋愛小説であると同時に,ミステリでありロード・ノヴェルであり,今も論争が続く文学的謎を孕む至高の存在でもある.多様な読みを可能とする「真の古典」の,ときに爆笑を,ときに涙を誘う決定版新訳――.

 ルノグラフィに持ち込まれた,「ロリータ・コンプレックス」概念.本書は,12歳の少女と関係する中年男性の遍歴というインモラルな内容により,原稿を持ち込んだアメリカの4つの出版社すべてに断られ,パリのオリンピア・プレスでようやく世に出た.「あるいは,ある白人の男やもめの物語」と副題がつけられている.センセーショナルを巻き起こした作品だが,性的描写はほとんどない.特定の教訓を垂れる意図もない.代わりに,「美的悦楽」と呼ばれる豊饒な描写が,倒錯した男性の心理をまざまざと描き出す.

 ヨーロッパからアメリカに亡命した大学教授ハンバート・ハンバート.少年時代に生き別れた恋人を忘れられず,知り合った12歳の少女ドロレス・ヘイズ(愛称ロリータ)と出会った.ロリータには,ハンバートが追い求めていたかつての恋人の面影があった.ロリータに近づくため,ハンバートは彼女の母親と再婚.形式上の妻が事故死すると,ハンバートはロリータをたぶらかし,アメリカ中を旅する.しかし,ロリータは彼の恋人になることを拒絶する.

 「ロリコン」の語源とイメージの一致は,必ずしも本書の意図に含まれない.年端のゆかない少女に似つかわしくない性的魅力は,「ニンフェット」というアンバランスな倒錯でハンバートを眩惑.ペドフィリアの語感が染みついてしまった語「ロリータ/ロリコン」であるが,17歳を越したドロレスを探し当てたハンバートは,改めて彼女に求愛している.ロリコン趣味は,成熟した女性に対する自信のなさに表現された歪みであるという.いわく,「少女」がある程度以上の年齢に達した「女性」となると,統制が利かなくなってしまうからであると.屈折した男性側の支配欲ともいえるだろう.

 成長したドロレスに幻滅しなかったハンバートは,彼女の幼児性に欲情したわけではない.少女しか愛せない嗜好というよりも,少年時代に失った恋人がまだ幼く,その面影を追い求めた結果,ロリータに行き着いた.現在の定着した語から受ける印象は,実はナイーブなものである.設定上はただの変態,それを晦渋,深遠な心理描写で文学に高めることができるとは,ウラジーミル・ナボコフ(Vladimir Vladimirovich Nabokov)の霊感とタブーの融合反応は,まさに劇的だった.

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Title: LOLITA

Author: Vladimir Vladimirovich Nabokov

ISBN: 4102105018

© 1980 新潮社