▼『無限からの光芒』志賀浩二

無限からの光芒―ポーランド学派の数学者たち

 “無限”は20世紀最大のテーマのひとつである.20世紀前半の激動の時代にポーランドの数学者たちは“無限”に出会い,新しい数学を創造した.これは数学史上ふしぎな出来事である.“無限”をめぐる感動のドラマ――.

 書の副題は,草稿の段階では「20世紀数学の断層」というものだった.20世紀の前半と後半では,明らかに数学の関心に不連続性が断層として認められるからである.ポーランドが念願の独立を果たした1918年,さらに2つの世界大戦に挟まれた1930年代,つかのまの主権を獲得したポーランド"固有の文化"確立に向け,不断の努力を続けた人たち.

 ワルシャワとルヴフを拠点に,集合論,実変数関数論(実関数論)および論理学に重点を置いたヴァツワフ・シェルピンスキ(Wacław Franciszek Sierpiński),バナッハ空間,バナッハ‐タルスキの逆理で現代数学の基礎概念にその名を残すステファン・バナフ(Stefan Banach).多値論理学,到達不能数の問題,代数学の論理学への応用など1930年代オーストリア学派ウィーン学派)に影響を与えたアルフレッド・タルスキー(Alfred Tarski)――ポーランドの数学が独自の国際的な地位を確立するために,学術雑誌「フンダメンタ・マテマティケ(数学の基礎)」「ストゥディア・マテマティカ」を創設したポーランド学派は,数理論理学のみならず,公理的集合論をはじめ数々の数理を示してみせた.

 初期のフンダメンタ・マテマティケ掲載論文は,シルピンスキ「連続体仮説」,近藤基吉「補解析集合の一意化」論文など多くはフランス語で公表されている.ポーランド学派による数学潮流は,1945年アメリカに帰化したタルスキー,ナチス占領下のポーランドで悲劇的な最期を迎えたバナッハに象徴されるように短命に終わる.とはいえ,無限概念の取り扱いが発見時の頃に比べると論理化・簡潔化・整然化されすぎて感動を呼び起さなくなった,という著者の嘆きは悲観的すぎるかもしれない.

 ポーランド学派の研究の中心はワルシャワとルヴフであったが,ルヴフは第二次大戦後にソビエト連邦ウクライナ領のリヴィウとなった.ソビエト軍によって燃やされ廃墟と化したヴロツワフ大学図書館に,ポーランド人教授陣がルヴフ大学の蔵書をそのまま移し,ポーランド国立ヴロツワフ大学として1945年8月24日に再建を果たした.かつて,古都ルヴフのサロン的カフェで数学者たちが集い自由に数学を議論した伝統は,ヴロツワフに引き継がれ,数学基礎論の各分野におけるモデルや数理の研究体制が移管されたのである.

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原題: 無限からの光芒―ポーランド学派の数学者たち

著者: 志賀浩二

ISBN: 4535781613

© 1988 日本評論社