コロンビアの緑あふれる丘の狭間にある小さな田舎町.17歳のマリアは今にも崩れそうな狭い家に家族5人で住み,一家の家計の肩代わりをしなければいけない状況に家族との衝突が絶えなかった.外の世界に全く興味を示さない恋人,ホアンのおしとやかなガールフレンドを演じるのにも辟易し,不満を抱えて毎日を過ごしている.そして毎朝夜明け前に家を出てバラ農園に行き,恐ろしく単調な刺抜きの仕事をする.職場での親友・ブランカだけが唯一の理解者だ.そんなマリアの生活が,些細な職場でのトラブルで仕事を辞めてしまうことで変わり始める…. |
困窮の中に辛うじて獲得していた資源は,「単純労働」「ボーイフレンド」の2つ.17歳のマリア/カタリーナ・サンディノ・モレノ(Catalina Sandino Moreno)は,どちらにもさほど価値を置いていない.遮二無二,しがみつこうとはしていないのである.原題にある「慈しみに満ちたマリア」は,その愁いを帯びた漆黒の瞳が雄弁に物語るアイデアリズム.
邦題の秀逸さは,彼女が苦境のあまり麻薬の密輸ミュール(運び屋)に手を染めるおぞましさと,胎内に宿した「一粒種」を重ね合わせている点にある.ヘロインを詰めたゴム袋を50粒以上呑み込み,コロンビアからアメリカに密輸する危険な稼業に,光が当たることはない.マリアの内部から兆し,彼女にとっての外界に洩れ出る<光>こそが,彼女を救済し世界との接点を保持する.人生における選択は,消極的で陰惨なものとしかとらえることのできなかったマリアが,リプロダクティブヘルス/ライツの選択を決然となす姿が神々しい.
保守主義と進歩主義の対立に,現実の妥協と矛盾を生じさせる合衆国での孤独な生活は,平穏から遠く疎隔されたものになる.その予見も十分ではないままに踏み出す一歩,その瞬間にマリアの至高の美しさが凝縮されていた.サンディノ・モレノが何より素晴らしい.
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原題: MARIA FULL OF GRACE
監督: ジョシュア・マーストン
101分/アメリカ=コロンビア/2004年
© 2004 New Line Cinema