▼『分裂病の少女の手記』M.A.セシュエー

分裂病の少女の手記―心理療法による分裂病の回復過程

 本書はルネと呼ばれる少女が,精神分裂病にかかり,著者セシュエー女史の献身的な精神療法によって全快にいたる経過を,ルネ自身が回復後,回想的に記録したもので,本書の後半では,治療者セシュエーが,ルネの罹病及び回復過程を心理学的に分析・説明している――.

 リシャ時代の医師は,魂は横隔膜に宿ると考えていた.妄想や幻覚など,原因の定まらない多彩な症状を示す症例について研究し,思考と人格の分裂に本質を求めたブロイラー(Eugen Bleuler)は,この病気を「精神分裂病 (Schizophrenie)」と名づけた.ギリシャ語のschizo(分裂)とphren (横隔膜)を組み合わせた造語である.2002年,精神分裂病は「精神の分裂」という差別的なニュアンスを払拭するため,「統合失調症」と改称されている.今もってこの病気の原因は特定されていない.

 本書の構成は,少女ルネ(仮)が分裂病に罹患し,精神療法家セシュエー(Marguerite Albert Sechehaye)の精神分析的手法で全快するまでの回想である前半部,治療者セシュエーがルネの経過を心理学的に解釈する後半部から成っている.ルネは両親から満足な世話を受けることができず,幼い頃から強い怒りの感情を発達させた.セシュエーは,ルネの症状は自我が現実との境界線を失い,いわゆる人格性の喪失の状態になったためとみる.ルネが乳幼児期に生命的な欲求を満足させることができなかったゆえに,現実に適応することができなかったと解釈している.

目が醒めても両親は食事を長い間待たせ,泣いたら何もやらないといって脅した.父親は母親を彼女からとりあげてしまうといっておどしたり,母親を食べてしまうといって母親にかみつくまねをした

 したがって,治療の焦点は「解体された自我」を再構築し,「リビドーの方向性」を外界に向けることになっていく.本書が50年もの間増刷を重ね,多数の外国語で刊行され,改訂されてきたのは,専門的でありながら一般にも受け入れられる教訓が含まれているからであろう.事実,現在でも本書をテキストとして用いる精神医学のゼミは少なからずあるし,緩やかではあるが確実に今も版を重ねている.専門性以外の部分で何がそうさせているのかというと,セシュエーとルネが感情的に結びつきを強め,信頼関係がルネの回復の大きな要因とされていることにあると思われる.

ルネが一歳2ヶ月の頃かわいらしい兎を遊び友達にしていたが,ある日父親が子供の見ている前でその兎を殺した.その後,彼女は絶えず兎をさがし求め,食事をしなくなった

 加えて,当時の精神分裂病は,内面的理解を不可能にしているとの医学者の”見解”を覆すものだったからに他ならない.この事例は,精神病理学における分裂病の理解に,愁眉を開かせたのである.ただし,本書のいう「分裂病的症状」が,現在の統合失調症と同一の症状とただちに判断することは難しい.様々な要因が輻輳し,ルネの病態を形成していると考えられるからだ.55年当時,ルネの事例で明らかになったとされる部分には,慎重な検討を要するだろう.そのような留意点はあるものの,理論的な話を云々するまでもなく,人を救うことのできる結局の部分は何か,それが本書には明示されている.

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Title: JOURNAL D´UNE SCHIZOPHRÈNE

Author: M.-A. Sechehaye

ISBN: 4622023415

© 1955 みすず書房