■「ドニー・ダーコ」リチャード・ケリー

ドニー・ダーコ Blu-ray

 ドニー・ダーコ,17歳.飛行機のエンジンが家に落ちて以来,目の前に銀色のウサギが現れる.ウサギは「世界はあと28日6時間42分12秒後に終る」と告げる.フランクと名乗るそのウサギは,たびたびドニーの前に現れる.ドニーはウサギの言うことに服従する.ドニーには放火の前科がある.ドニーにしかそのウサギは見えない.美少女の転校生,ホーキング博士,タイムトラベル,地下室の扉――ドニーを取り巻く全てが「あのこと」と告げている.28日後の世界でドニーを待っているものとは一体何なのか….

 988年10月2日午前0時.「起きろ」という声に促されて17歳の少年ドニー・ダーコがベッドを降り,屋外に出る.すると,不気味なウサギの着ぐるみが「あと28日と6時間42分12秒,それが世界の終末までの残り時間だ」と告げる.自宅に戻ると,2階の自室は上空から落下した飛行機エンジン直撃により,破壊され尽くしていた.本作が2000年製作であるなら,12年前の1988年に設定されたものが何であったのか.物語の導入部から,「史上最も汚い選挙戦」といわれる1988年の大統領選挙が映し出され,民主党マイケル・デュカキス(Michael Stanley Dukakis)と共和党ジョージ・H・W・ブッシュ(George Herbert Walker Bush)の舌戦が展開されている.

 両陣営のネガティブ・キャンペーン合戦の結果,「ゲリラを支援しない」と公約に掲げていたデュカキスは敗れ,地滑り的な大勝をおさめたブッシュは国連史上初の武力行使容認決議をもって,クウェートからイラク軍を撃退する湾岸戦争を起こした.開戦前に連邦議会で行った『新世界秩序へ向けて』というスピーチで,ブッシュは「新世界秩序」という用語を使って,分断された世界の対立・冷戦時代の克服をアメリカ合衆国立法府に呼びかけている.だが,その新世界への到達は,段階的に帝国主義を造る陰謀論と警戒する説がある.本作は,白髪の老婆ロベルタが書いた『タイムトラベルの哲学』による「空中を飛ぶ金属でできた機械」と「時空の穴の入り口」があればタイムトラベルが可能,という架空の学説に導かれ「目的」を遂げるため,ダーコがそれを実行する経緯の物語である.

 "不気味なウサギ"が予言した10月30日の世界滅亡は,ダーコら現代人には窺い知れない理由によるもので,滅亡を回避しようと画策した超越的存在(未来人)が仕組んだ数々のプロセスの結果,ダーコは生命と引き換えに宇宙の法則を変更して滅亡回避を選択するのである.ダーコは思春期特有の抑うつと焦燥感に苦しめられ,幻覚症状も呈しているが,精神の安定を求める切実さだけは現実的に考えている.同時に,人生の幸福を普遍の欲求として理解する賢さももっている.時空間を操作する未来人のミスを収拾するには,空中を飛ぶ金属でできた機械の落下日時を変更するしかない.そのことを「身近な人間の死」という理由づけによって間接的にダーコに理解させ,自己犠牲を自発的にとらせる未来人の存在こそ,かつてブッシュが述べた「新世界秩序」のように,いかがわしく得体の知れない陰謀的な実存なのである.

 タイムトラベル実行により,1988年10月2日に戻ったダーコは自室ベッドで笑い転げて死の瞬間を待つ.そこには,これまで生と死,時間の観念に苦しみ,死の恐怖に怯えた17歳の少年の姿はない.死をもって身近な大切な人を救済するという「自己犠牲の愛」(『ヨハネによる福音書』15章13節)が,彼の人生に最大の意義を与えている.10月2日以後にダーコが出会った人々,訪れた出来事は,パラレルなものとなって,ダーコのいない日常では無難に過ぎ去っていく.しかし,並行世界の"ささやかな影響"をきちんと描いている.つまり,ダーコがいた世界(旧世界)で身体に傷を負った人は,新世界では無傷だが体の同じ場所が意味もなく疼き,ダーコを介して出会った人たちは,ダーコがいない世界では接点をもたないのだが,無自覚に互いに親近感を抱くのだ.そのデジャヴがあればこそ,薄幸な少年ダーコへの悲哀が残る.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: DONNIE DARKO

監督: リチャード・ケリー

113分/アメリカ/2001年

© 2001 Newmarket Films