■「グラン・トリノ」クリント・イーストウッド

グラン・トリノ [Blu-ray]

 妻に先立たれ,一人暮らしの頑固な老人ウォルト.人に心を許さず,無礼な若者たちを罵り,自宅の芝生に一歩でも侵入されれば,ライフルを突きつける.そんな彼に,息子たちも寄り付こうとしない.学校にも行かず,仕事もなく,自分の進むべき道が分からない少年タオ.彼には手本となる父親がいない.二人は隣同士だが,挨拶を交わすことすらなかった.ある日,ウォルトが何より大切にしているヴィンテージ・カー<グラン・トリノ>を,タオが盗もうとするまでは….

 猾ではないが,偏見に満ちた老境のポーランドアメリカ人を,79歳のクリント・イーストウッド(Clint Eastwood)が演じる.優れた映画人のアウフヘーベンに満ちた作品である以上に,営々と繁栄を築いてきた超大国アメリカの遺すべき美点と,負うべき陰を一老人の人生に託したことが鮮烈.この物語に託された精神性は深く,アメリカの象徴は消えゆくものと残されたもの,さらには継承する者の内実を予見している.イーストウッドは,これまで数々の英雄像を演じてきた.悪徳保安官に対抗する勇猛なガンマン,正義感に燃える熱血保安官役などは,アメリカン・スピリットの代名詞ともいえるものだった.凄腕のヒーローは,正々堂々と悪漢を射殺する.そこには,何の躊躇も衒いもない.本作で彼が演じた老人は,肺病に冒され咳交じりに血を吐く.一見して,イーストウッドが演じてきたこれまでのヒーローとは異質なアメリカ男性像である.

 作品の舞台となったデトロイトの街ハイランドパークは,かつて自動車産業で栄えた.しかし,現在は見る影もない.自動車の生産は衰え,移民が増えコーカソイド以外の有色人種が多くなってきた.彼らの存在そのものを苦々しく思うウォルトは,フォードのヴィンテージ・カー「グラン・トリノ」をこよなく愛する.なぜ,凋落したビッグスリーGM,フォード,クライスラー)のうち,フォードでなければならないのか.ヘンリー・フォード(Henry Ford)が名車「T型フォード」を世に出したのは1908年.まさにハイランドパークは,この伝説の車種を大量生産した地であって,T型フォードは20年足らずの間に1500万台以上が生産された.科学的管理法を導入して徹底したコスト削減を図ったフォーディズムは,アメリカ型資本主義の典型である.奇しくも,本作のちょうど100年前に,アメリカの繁栄の象徴ともいえる車は誕生していた.そのビッグスリーも,かつての栄光は褪せて久しい.クライスラー労働組合が所有者となるサンジカリズム的企業となることが決定し,フォードとGMも深刻な業績悪化に喘いでいる.

 朝鮮戦争で13人以上の兵士を殺してきたというウォルトは,妻の「神に過去の罪を懺悔してほしい」という遺言に決して従おうとしなかった.彼が何度となく手にするM-1ライフル銃は,朝鮮戦争に従軍した時に使用した兵器である.意を決して不良たちとの決闘に臨む直前,タオを前に殺人という罪を犯した葛藤を吐露する.それは,神父の前でさえ拒絶したウォルトの「懺悔」.許しを乞うため,贖罪し表舞台から去っていく.それがタオ一家を守ることになるのなら,躊躇はしない.ここに,この老人は今までイーストウッドが演じてきた「正義漢」とはまったく異なる人物像であることが表現され,正義の執行者たる「ダーティハリー」からイーストウッドは脱却している.

 グラン・トリノM-1ライフルは,ウォルトの過去を体現するアイテムだ.それは取りも直さず,アメリカの辿ってきた歴史と寸分のズレもないウォルトの道程であった.輝かしく,今は色褪せた道.その裏には,愚かしく,若い世代に繰り返させてはならないという道があり,2つは一体化している.誇り高い魂を持つ老人をイーストウッドは演じ,民族は違えど,誇りを持って生きるタオ一族に無意識のうちに共感を示す.仏頂面で狭隘な老人が,自分の価値観を覆すことなく,他文化に共鳴するバランス感覚が実に巧みだ.アジア系以外にも,黒人やイタリア系,アイルランド系もウォルトは嫌悪する.憎まれ口を叩きながらも,イタリア系の床屋には毎月通い,決闘の前にはタオの祖母に罵倒されながら「ああ,俺もあんたが好きだよ」となだめ呟き,愛犬の余生を謙虚に頼む.タオとスーに心を開きつつも,アジア系の彼らを蔑称である「gook」と呼び,姉弟の家族の名前を覚える気配すらない.半世紀以上もレイシストであった彼が,一朝一夕に考えを改めるわけがないのである.映画人の最終段階に差し掛かったイーストウッドが見せるこのような柔軟性は,他者の権利を侵害しない限り,各個人の自由を最大限尊重すべきだとするリバタリアニズムに立ってきた彼の意外な一面を物語る.

 スコットランドアイルランド,ドイツ,イングランドの4か国の血を引くイーストウッドは,1930年にカリフォルニアに生まれた.父親の失業期間が長く,高校時代は材木業などアルバイトを経験した.オークランド・テクニカル・ハイスクール卒業後,朝鮮戦争のさなかである1951年に陸軍に召集され入隊したが,朝鮮戦争に出征しないまま2年後に除隊.テレビ西部劇「ローハイド」(1959-1965)のカウボーイ役で一躍有名になり,セルジオ・レオーネ(Sergio Leone)の「荒野の用心棒」(1964)で俳優として成功を収め,1970年代から早くも監督業に着手.キャリアの熟成とともに,製作した映画の文芸性が高く評価される.短期間で撮影をこなし,照明の使用は最小限にとどめるといった映画の撮影手法だが,古くからジャズに対する造詣が深く,映画の音楽担当を行うことも近年増えてきた.本作ではさらに,主題歌を枯れた声で渋く歌い上げている.といっても,すべての歌詞を歌唱してはいない.コーラス部分をイーストウッドが唄い,後はジェイミー・カラムJamie Cullum)が引き継いでヴォーカルを務めた.

 アメリカ産の全盛時代にグラン・トリノは作られたが,決して名車とは呼べない代物という.フォードは何といってもT型フォード,フォード・ファルコン,フォード・マスタングが一時代を築いた.グラン・トリノはリッター1.5Km,V8エンジンを搭載し,燃費の効率は著しく悪い.だがアメリカ車の生産が頂点にあった重厚長大な時代を象徴する車である.時代は変わり,ウォルトの息子が乗っている車がトヨタランドクルーザー,不良グループが乗り込んでいるのはホンダのシビック.良きアメリカと悪しきアメリカの象徴は,アメリカ人でないタオが譲り受け,涙を拭いながら彼はグラン・トリノを運転する.ウォルトの死守した誇りとモラルの正当な継承者が,アメリカの栄華を極めたフォード車に乗り,デトロイトを疾走する場面で映画は完結している.

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原題: GRAN TORINO

監督: クリント・イーストウッド

117分/アメリカ/2008年

© 2008 Warner Bros. Entertainment Inc. and Village Roadshow Films (BVI) Limited.