▼『世界の書物』紀田順一郎

世界の書物 (朝日文庫)

 魂の奥に,忘れ去られた人類の歌を甦らせる古典!ギリシア神話から“チボー家”まで,語りつきぬ人々の生と愛と死の歴史を浮彫にした名篇を精選して語る読書エッセイ――.

 ネサンス人文主義に甦り,18世紀後半にはドイツの新人文主義運動のなかで,古典文化の精神を知・情・意の修練として学び直す教養人の生き方.本書は,それを虚心坦懐に学ばせてくれる.ギリシア神話から"チボー家",あるいは論語から"チャタレー夫人"まで――名作86篇の読書案内,その時期は4つのカテゴリで区分されている.

 紀元前~15世紀頃(英雄たちの森と人間の海)――16世紀~18世紀(鬱蒼の山と白銀の清流)――19世紀(陽光の歓喜と夜の瞑想)――20世紀前半(過去の時と未来の暗示).書誌学の専門家で内外の文学にも通じた著者は,社会科学(主に経済学)を修めながら大学時代はミステリー・マニア・サークルの批評活動を行っている.古書や書誌学にも造詣が深く,商社勤務を経て作家として独立後は,怪奇小説幻想文学の翻訳と監修を多く手がけた.

 広く古典と学問に学び,人格陶冶と人間形成につなげる教養人としては,戦間期における河合栄治郎天野貞祐らの昭和教養主義を継いでいる.学殖多識を通して得られた創造的活力や事物に対する著者の洞察力.10代末期から30代にかけて読み,それを20年以上経て再読した東西の古典86点のブックガイドは,豊穣と甘美に充ちた実りをいつでも提供してくれる――その絶大なる安心感と信頼感.

 本書のページを随時ひもとけば,風化したように思えた古典に宿る幾重にも重なる言葉とセンテンスより,思考・観念・時間が息を吹き返す.そうして「無限かつ周期的」なバベルの図書館を彷彿とさせる教養主義の命脈を感じ取ることができるだろう.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: 世界の書物

著者: 紀田順一郎

ISBN: 4022605413

© 1989 朝日新聞社