▼『彗星パンスペルミア』チャンドラ・ウィックラマシンゲ

彗星パンスペルミア

 パンスペルミア説とは…この宇宙には生命が満ち溢れており,宇宙から生命が何らかの方法で地球に運ばれてきたという考えのこと.著者のチャンドラ・ウィックラマシンゲとフレッド・ホイルは「彗星パンスペルミア説」を初めて唱えた.彼らは科学界の異端者か?それとも先駆者なのか――.

 球生命の宇宙起源論「パンスペルミア説」として知られる説の展望."パンスペルミア"とは,あらゆるところに存在する種子という意味で,アリストテレス(Aristotle)の「自然発生説」を否定し,太陽中心説の先駆者アリスタルコス(Aristarchus)の説に由来する.19世紀にケルヴィン卿(Lord Kelvin)やヘルマン・ヘルムホルツ(Hermann Ludwig Ferdinand von Helmholtz)らは,1 μm より小さなバクテリアが,放射圧によって宇宙空間を移動することができると主張した.1906年スヴァンテ・アレニウス(Svante August Arrhenius) によってあらためて「パンスペルミア(仮)説」 という名前が与えられたのである.

 1960年代には学界で一顧だにされないことも多かったこの説は,1)宇宙から飛来する隕石には多くの有機物が含まれており,アミノ酸, 糖など生命を構成するものも多く見られること,2)地球の原始大気は酸化的なものであり,グリシンなどのアミノ酸が合成されにくい環境にあったこと,3)38億年前の地層から真正細菌の化石は発見されているが,同時期に自己複製能力や膜構造を有する生命体が発生したとは考えにくいこと等の点で,信憑性の見直しが進められてきている.本書では,地球上に初めて生物が誕生した時期と,地球に集中的に衝突した惑星や彗星のピーク(重爆撃期)の一致に注目し,「彗星の衝突そのものによって最初の生物の出現がもたらされた可能性を強く示唆」されたと解釈する.

 しかし,マンフレート・シドロウスキー (Manfred Schidlowski) による堆積岩の形成年代で38億5,000万年前らしい結果が出ており,生命は重爆撃期を生き抜いたという説が有力になっていて,現在でも議論が決着したわけではない.高エネルギーの彗星や小惑星の衝突,さらには海洋の形成と破壊を繰り返した結果,おそらく生命は何度も出現しては消滅し,熱水噴出孔や地殻深部の深い場所で生き延びた可能性をみる方が合理的ではないのか.

 "アストロバイオロジー"(宇宙生物学あるいは宇宙生命科学)――NASAの造語である――創始者を名乗る著者はフレッド・ホイル(Fred Hoyle)と協力し,伝染病の菌やウィルスが宇宙から飛来したという「病原パンスペルミア説」を提唱しているが,パンスペルミア仮説の一環としても,宇宙空間より飛来したインフルエンザウイルスの活性活動が太陽活動極大期に一致していたという見解は,オカルティズムに近い怪しさも否めない.学術的な部分と俗説的な部分が入り混じっている自説が多く,評価をくだすことは難しい本である.それを訳者と監修者が明確に認識しているのが素晴らしい.

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Title: THE SEARCH FOR OUR COSMIC ANCESTRY

Author: Chandra Wickramasinghe

ISBN: 978-4-7699-1600-0

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