▼「堂々たる政治」与謝野馨

堂々たる政治(新潮新書)

 この国の土台が揺らいでいる.小泉政権構造改革を継承し,突如瓦解した安倍政権,停滞し,綻び始めた国家の運営……いま,政治家に不可欠な判断の要諦とは何か,言葉と行動の重さとはいかなるものか.奇をてらわず,耳障りなことでも堂々と語る.文人の家系に生まれ,会社員から政治家に転身,度重なる落選やガンとの闘いまで,生涯を省察しながら,国の将来に深い想いをこめた初めての著書――.

 わゆる「上げ潮派」に批判的で,財政再建派の代表的政治家とみなされていた時期に出版された自伝的著作.本書にも登場するが,著者はフランス帝政時代,王党派とジャコバン派の左右両派の抑圧に努めたジョゼフ・フーシェ(Joseph Fouché)の政治姿勢に共感しロールモデルとしていた節がうかがえる.政治において問われるのは「結果」であり,政治の究極の目的は「世の中が治まっていること」を信条とするならば,政局や時局に応じて主義主張を変えることも厭わない.フーシェはオラトリオ会の神学校に入り,物理学の教師になったが,与謝野は中曽根康弘の紹介で日本原子力発電に入社,当初技術部に配属され当時の民社党核拡散防止条約に関する訪欧調査団に原子力専門家・通訳として加わった.

 そこから佐々木良作や中曽根と親交をもつことになり,政界入りのきっかけを得ることになった.世の中には「なぜこの人が」と思う人が政治家に転じることがしばしばあって,本人に話を聞くと「一宿一飯の恩義だ」というシンプルな理屈で呵々大笑することが実に多い.ひょんなことから世話になり飯を食わしてくれた方への義理でさまざまな活動を行った結果,政治家の道が開かれるようになったという話をよく聞く.与謝野の場合もそれに近かったのではないかと推察するが,この人の場合はフーシェと多少経歴が似通っていることもあって,親近感をもったのではないかと思う.厄介なのは,量子力学に傾倒した結果「二つの状態が同時に併存する」ことを政治の世界に敷衍し,「思想や立場の矛盾は恥じることではない」と感得してしまった点にある.

 光は波なのか粒なのかの論争が100年続いたとしても,政治家として立ち位置や定見をもたないことを正当化する根拠にしてはならないが,その理非が最後まで理解できない人だった.自民党政調会長時代,小泉郵政総選挙で初当選した新人議員83人全員に贈った本が6冊あった――朝永振一郎『物理学とは何だろうか』上・下(岩波新書),戸部良一ほか『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』(中公文庫),阿川弘之『井上成美』(新潮文庫),シュテファン・ツヴァイク『ジョセフ・フーシェ ある政治的人間の肖像』(みすず書房).判断力を養い責任をとる気概を備えた政治家になってほしい,という願いをこめて贈った本だったらしいが,贈るべきはフーシェ『ジョゼフ・フーシェ回顧録 全2巻』(Editions de St Clair)ではなかったのか.

 中曽根の秘書を経て,国会議員に初当選した1976年.若手議員のころ,与謝野は国会運営がこじれると,野党議員と碁を打って対立色をほどき,互いに無理をのみ合うことがよくあったという.小沢一郎と対局した直後――与謝野の敗北に終わった――自民党民主党大連立構想が持ち上がったのは2007年だった.2009年に自民党が下野した後に離党したが,2011年には民主党菅直人首相の要請を受け,再び経済財政担当相として入閣した「変節」を恥とも思わないのなら,フランス革命期に多数の反革命派を弾圧,のちテルミドールの反動に加担し,ナポレオン時代に警察大臣として権力を握り王政復古期にもパリ警視総監にとどまった政治家フーシェ――公職を追われるまでの25年間,政敵の間を泳ぎ回った"変節の政治家"――を誇らしく紹介し新人議員の見本とすべきだったのだ.

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原題: 堂々たる政治

著者: 与謝野馨

ISBN: 4106102579

© 2008 新潮社