激しい雨の晩,ワイン・バーで働くシルヴィアはびしょ濡れで店のドアを叩いたデイヴィッド・ヘルフゴッドを家まで送ってやった.デイヴィッドは幼少の頃から音楽狂の父ピーターにピアノを仕込まれ,天才少年として評判になった.だがアメリカ,ついで英国の王立音楽院に留学の話が出ると,最初は息子の才能に鼻高々だった父は,突然彼が家族から離れることを暴力的に拒否する…. |
オーストラリアのピアニスト,デヴィッド・ヘルフゴット(David Helfgott)は,統合失調症の症状に明白な躁・うつ病の症状の両方が同時に混在する精神障害(統合失調感情障害)をもっている.とめどないモノローグは,妄想から発せられていると疑えないこともないが,彼の壮年期をジェフリー・ラッシュ(Geoffrey Roy Rush),青年期はノア・テイラー(Noah Taylor)が演じており,どちらも素晴らしい.その繊細な神経と天賦の才は,父親からの歪んだ愛情で押し潰された.短い尺の映画ながら,才能に対する過度の期待と重圧感に正気を失っていく過程が濃密に描かれている.ただし本作では,父の過去は完全に省略されている.
ヘルフゴットの父エリアス・ピーター・ヘルフゴット(Elias peter Helfgott)は,ユダヤ移民としてポーランドのカミク,ユダヤ教会の指導者の息子として生まれたが,神学校に通うことを拒絶し,独学でピアノとヴァイオリンを学んだ.しかし,音楽的才能はなかった.代わりに,息子の才能にすべてを託し,わずか12歳でのABC器楽声楽コンクール出場,バッハ(Johann Sebastian Bach)《ニ短調コンツェルト》やリスト(Franz Liszt)《ラ・カンパネッラ》を弾きこなす"金の卵"デヴィッドの英才教育に打ち込んだ.幼いデヴィッドにも父が強制したのは,セルゲイ・ラフマニノフ(Серге́й Васи́льевич Рахма́нинов)の難曲《ピアノ協奏曲第3番》を完璧に弾きこなすこと.息子の最初の音楽指導者となり,息子の演奏のこととなると,極めて粗暴な態度で臨んだ点では,ルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven)の父ヨハン・ヴァン・ベートーヴェン(Johann van Beethoven)に似ているが,声楽や鍵盤楽器にも才能を示したヨハンとでは比較にならない.
デヴィッドは,父の反対を押し切ってロンドン王立音楽学校の奨学生となり,学生コンクールで選曲したのが《ピアノ協奏曲第3番》だった.すでに精神に異状をきたしていたデヴィッドは,コンクールで演奏を終えると昏倒し,クラシック界でのキャリアは絶たれた.精神病院に収容され十数年,しばしば「父さんは許してくれない」と呟いていたデヴィッドが,ワイン・バー「リカードーズ」に飛び込むようにして,アップライトピアノに引き寄せられ鍵盤を叩くシーンから,映画は幕を開ける.2回目の結婚相手になる女性とこの店で出会った時,彼は200ドルとラジオ1台しか持っていなかった.もはやラフマニノフではなく,ベートーヴェン《第23番熱情》,リスト《3つの演奏会用練習曲》の演奏によって,音楽と人への虚飾もない愛情が流れ出し,彼女は豊かな包容力でデヴィッドを受け止める.
妻と一緒に,父エリアスの墓碑を訪れたデヴィッドは,誰に求められるわけでなく父との確執を総括している.「(父の死に)何も感じない」「父さんも責められない.死んだから.僕は生きてる.人生は続くんだね.永遠に.でもないか.人生はいいことばかりじゃないけど,諦めずに生きなきゃ.全てに意味があるんだね」.映画製作上の都合かもしれないが,彼がリカードーズの人々と出会い,ピアノ音楽と"再会"を果たして以後のピアノ曲は,リストの《ラ・カンパネラ》《ハンガリー狂詩曲第2番》が目立つ.後年の精神安定を得るには,父との精神的決別と清算がどうしても避けられなかったのだろう.かつて,絶対者として父は「ショパンではない,ラフマニノフ!ラフマニノフだ!」とデヴィッドに迫った.そのどちらでもなく,奇跡の復活リサイタルのプログラムにもリストの曲が含まれていた.あたかも,ひとりのピアニストの魂をリストが救済し祝福するかのように.
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原題: SHINE
監督: スコット・ヒックス
105分/オーストラリア/1995年
© 1996 New Line Cinema