▼『砂場の少年』灰谷健次郎

砂場の少年 (角川文庫)

 放送局のディレクターを辞した葛原順は,35歳にして初めて臨時採用の中学の先生になった.受け持ったクラスは,一筋縄ではいかない生徒たちが談論風発.陳腐な価値観の押しつけ,型通りの授業などは即刻一刀両断に.周囲の教師は「札付きですから厳しく締め付けないと…」と繰り返すばかり.あらかじめ生徒を偏見でみることだけはしないという信条を頼りに,葛原は素顔の生徒に向きあう.だが,丸刈りに反対して学校に通わない少年,一切口をきかない少女,そして神経症の闇に沈む妻透子の存在が,葛原に大きな問いを投げかけていく.子供から学ぶことの大きな可能性を伝える感動の小説――.

 の本を読んで,抵抗なく「教育って,すばらしい!」と諸手をあげて賛同する人がいたら,どうかしている.決めつけと管理教育に疑問を呈する教師は,完全に性善説に立って学生に接した.それがあまりにも速く学生に浸透することが,教育現場を知る立場からは奇怪なことだろう.  

 1997年「酒鬼薔薇聖斗」事件の犯人の顔写真を週刊誌に掲載した新潮社に抗議し,灰谷健次郎は,自著の版権を引き上げた.子どもの可能性を信頼してやまなかった灰谷は,凶悪事件を引き起こした児童であっても,更生を信じたのである.現在,本書は新潮社ではなく,角川文庫より販売されている.

 元TVディレクターの葛原順は,中学校教師の妻が休職したことをきっかけに,35歳にして臨時採用の中学教師になった.「札付き」と評判のクラスを受け持つと,学生たちは反抗する少年,神経症緘黙を続ける少女など様々だった.教師は彼らに適切に関わっておらず,規則の強要と体罰が日常化していた.荒廃する教育現場で,葛原は学生との対話を試みていく.

 「砂場の少年」とは,本来の人間が持つ無垢の象徴である.17年間の教師生活の末,各地を放浪して作家となった灰谷の信念は,「大人と子どもが共に語り,成長する場」を教育現場としてとらえたい,ということだった.子どもの繊細な感受性を殺さず,大人に盲従させない尊重の姿勢を一貫させてきたことが,灰谷の最大の「功績」なのだろう.

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原題: 砂場の少年

著者: 灰谷健次郎

ISBN: 4043520247

© 角川書店 2000