カレン・シルクウッドは28歳.ボーイフレンドのドルー,レスビアン相手のドリーと一緒に住んでいた.3人の働くカーマギー社のプルトニウム工場はオクラホマ郊外のクレッセントから10キロほどのところにありカレンはそこでプルトニウムと酸化ウラニウムを混合させ,燃料粒剤を作る機械に送り込む仕事をしていた.カレンには学生時代に駆け落ちしたピートとの間に3人の子供があり,月に一度会社を休んで子供たちに会うことになっていた…. |
原子力関連企業カーマギー社の核燃料製造プラント,核燃料(燃料棒になるプルトニウムペレット)の製造に従事していたカレン・シルクウッド(Karen Silkwood)の不審死.原子力産業の腐敗,その内部告発を試みた正義の女性の憤死のイメージが「シルクウッド事件」には定着した.シルクウッドは,労働組合活動家でもあり――会社からすれば厄介な危険分子――プルトニウムの危険性を上司に投げかける.MOX燃料の規格検査,欠陥製品である撮影ネガを不正に修整するような企業が,労務管理に誠意を傾けるはずはない.
電力会社の傲慢と搾取,労働者差別と「使い捨て」の論理は,日本国内においても,被爆を不可避とする労働の従事,それは,まさに益獣かそれ以下の実状で凍結状態にあるシステムであったことがルポされた(堀江邦夫『原発ジプシー』).シルクウッドの体は,高いレベルで汚染されていることが,探知器による大音量の警告音で判明.直後のシャワー室連行と乱暴な洗浄処置とともに,これらは一連の恐怖の儀式となる.彼女がアメリカ原子力委員会に報告した内容は,カーマギー社に流れていた.
原子力関連企業の不祥事を世論に訴えるべきと考えたシルクウッドは,ニューヨーク・タイムズの記者に働きかけ,証拠書類を渡すためにハイウェイに急いだ.そして,帰らぬ人となった.死後,FBIは内部調査資料を公開せず,シルクウッドの遺体はカーマギー社の指示で,世界最初の原爆が製造されたロスアラモス国立研究所に送られた.この研究所では,被爆者の遺体の状態を調べ上げ,マッフル炉の焼却や酸溶液での溶解までが行われていたという.謎の死を遂げた場面で,延々と流れるのは《オルニー讃美歌集 第2編167番》.いわゆる「アメイジング・グレース」.シルクウッドの魂の安息を願う祈りの歌が,正攻法というべき使い方で流される.
1970年代の反核運動にも,シルクウッドの悲劇は取り上げられ利用された.激しい組合活動,内部告発も辞さないシルクウッドの姿勢に,職場で反発があったのは事実であろう.本作は,シルクウッドの家庭の様子,恋人との葛藤を中途半端に取り上げている.それよりも,会社に欺かれ攻撃された私憤と公憤の両面を,個人的生活を抑制して丁寧に描くべきだった.社会病理との格闘を主題とする映画は,ドライな描写がマッチする.ロマンス要素のウェットな描写は,この手の題材で盛り込むことは難しい.
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原題: SILKWOOD
監督: マイク・ニコルズ
133分/アメリカ/1983年
© 1983 Twentieth Century Fox Film Corporation