▼『フィロビブロン』リチャード・ド・ベリー

フィロビブロン―書物への愛 (講談社学術文庫)

 「書物はマンナを入れた黄金の壺,生命の乳の満ちる乳房…」."愛書家の聖書"と呼ばれ,中世のベストセラーとなった本書に,ド・ベリーは書物への燃える思いを吐露する.なぜ書物を愛するのか,無知や拝金主義,戦争がいかほどまでに本の敵であるか.14世紀の英国で聖俗の最高位を極めながら,写本の蒐集保存に生涯を捧げた著者が贈る読書家の心得.活写された修道士の生活ぶりが微笑を誘う――.

 リシア語で「書物への愛」(フィロビブロン)を造語したリチャード・ド・ベリー(Richard de Bury)は,印刷機以前の14世紀に,1,500冊もの蔵書を有していた.写本だけで1,000を優に超えるなど,当時のイギリス中の書物をかき集めても及ばないほどであった.書物は人間にとって最も有益な存在であり,教師に対する敬意と愛情を払うべきという.

二十章にわたるこの小論は,私の愛書熱が度を過ごしているという非難が当たらないことを立証し熱烈な献身の目的とするところを詳述し,その事情を光よりも明らかに説明するであろう

 英知,知識,信仰に生きる人であれば,誰でも愛書家たるべきとする理屈の上に,書物収集の熱情が開かれる.エジプトのアレクサンドリア戦役で失われたという70万冊の文献.それに対する嘆きと戒め.あるいは,哲学の探求に捧げられた学習熱から生み出された「知性」.しかし知性の「世俗化」への軽蔑.著者は外交官や王国大法官,大蔵大臣を歴任し,学者としての経験はない.

才能ある子を研究に励ませ,日用必需品を与え,徳とともに自制と学問を教え,鞭でおびえさせ,優しい言葉で心をひき,贈り物で心を和らげ,峻厳にさとし励まし,行為ではソクラテスの弟子,学問ではアリストテレスの弟子になるように導くべきである

 プトレマイオス(Κλαύδιος Πτολεμαῖος),スエトニウス(Gaius Suetonius Tranquillus),テルトゥリアヌス(Septimius Florens Tertullianus)の著作に関する言及も控えめな印象.印刷術が発明される15世紀には,本書は聖書に次いで版を重ねたとされる.ギリシア・ローマの古典文化の復興(ルネサンス)を準備する一角に,おそらく本書も所在していたことだろう.本書にもこのような一節がある.「書物が消滅しないかぎり,その著者は不死身である」.

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Title: PHILOBIBLON

Author: Richard de Bury

ISBN: 4061588966

© 1989 講談社