▼『グレン・グールドは語る』グレン・グールド,ジョナサン・コット

グレン・グールドは語る (ちくま学芸文庫)

 1955年録音の『ゴルトベルク変奏曲』以来,聴衆を圧倒し続けたピアニスト,グレン・グールド.精緻で独創的な解釈に裏打ちされた演奏で聴衆を熱狂させた一方,奇矯なステージマナーや不可解な生活スタイルで神話化された天才が,みずからの音楽や思想を,心を開いて語り尽す.独特な演奏法について,ピアノのタッチについて,偏愛する作曲家について,実験的な録音について,ポップミュージックについて….1970年代アメリカを象徴する『ローリング・ストーン』誌に掲載されたロング・インタヴュー――.

 レリュードやトッカータを重視し,感情を内観的に抑えたピアノソロ対位法を普及させていったフェルッチョ・ブゾーニ(Ferruccio Busoni).トロント音楽院でアルベルト・ゲルレーロ(Antonio Alberto García Guerrero),レオ・スミス(Leo Smith),フレデリック・シルヴェスター(Frederick Sylvester)らに学び,トロント交響楽団と共演して颯爽とデビューしたグレン・グールド(Glenn Herbert Gould)は,ブゾーニの技術に懐疑的だった.

 音域の装飾と増強に追随せずとも,グールドは独自のピアニズムでヨハン・ゼバスティアン・バッハJohann Sebastian Bach)へ全霊を捧げた――深遠で歓喜に満ちたバッハ解釈《全体に通底するパルス》――詩的な想像力と客体化により,確かにブゾーニとは別のアプローチをとったように見える.早々と国際的名声を獲得したグールドは1964年,32歳にして突如コンサートから引退を表明,音楽関係者を困惑させた.真夏でも極寒の服装でマフラーを巻き,演奏チェアは父親の手による特製折りたたみ椅子(高さ30cm)に病的にこだわり続けた.

演奏会の役割はすでに電子メディアに引き継がれた(あるいはじきにそうなる)し,抜群の分析的な透明感,即時性,触知できるほどの響きの近接感,そして広範なレパートリーは,録音メディアでこそかなう

 レコーディング時の奇妙なハミング――ありえないほど非常識な習慣を録音に混ぜ込みながら,風に舞う羽のような美しい旋律は誰にも模倣できないものだった.作曲者に対する不敬とも批判されるグールドの奇矯な言動,その思考の断片を本書ではそれなりの分量で読むことができる.しかし,彼の思考体系を読み取ることは難しい.自覚的な保守性というものが,無意識の芸術性と秩序の前に音もなく沈殿していく感じがする.その観点でいえば,変人と天才の名をほしいままにした稀代の芸術家グールドの思想を構造主義で理解しようとすることには無理があるだろう.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: CONVERSATIONS WITH GLENN GOULD

Author: Jonathan Cott,Glenn Gould

ISBN: 9784480093134

© 2010 筑摩書房