▼『後世への最大遺物・デンマルク国の話』内村鑑三

後世への最大遺物・デンマルク国の話 (岩波文庫)

 普通の人間にとって実践可能な人生の真の生き方とは何か.我々は後世に何を遺してゆけるのか.明治27年夏期学校における講演「後世への最大遺物」はこの根本問題について熱っぽく語りかける.「我々は何をこの世に遺して逝こうか.金か.事業か.思想か.何人にも遺し得る最大遺物…それは高尚なる生涯である」.「デンマルク国の話」を併収――.

 村鑑三は,1881年札幌農学校卒業時,同期の新渡戸稲造らとともに1つの誓いを立てた.JesusとJapan,2つの"J"に生涯を捧げるというものであった.内村の信念は,社会批判と社会改良運動,キリスト再臨運動で預言者的思想を形成して多方面に影響を及ぼした.本書は,1894年7月に箱根で開催された夏期学校(全国キリスト信徒の修養会)での講演「後世への最大遺物」,1911年10月に東京・今井館で行われた講演「デンマルク国の話」の二篇を収録.

 金・事業・思想を「後世の遺物」と語りかける内村の言葉は,真の最大遺物「勇ましい高尚なる生涯」の言及に真価が発揮される.紙と墨とで人に伝える著述,そして無知と未知の中に往生する人々の眼を開く教育.大逆事件幸徳秋水ら11人の死刑が執行され,文芸誌「青鞜」創刊(平塚らいてうら)がなされた1911年に,内村は高尚なる生涯の不滅性を説いていた.「デンマルク国の話」では当時,日本の20分の1の人口(250万人)に過ぎない小国デンマークの発展史を簡潔に紹介しつつ――それが講演でなされたとは凄い――,信仰と植林の営みが確かな国力になりうることを称揚する.

 荒涼としたユトランド半島を開拓,ヒース地帯を開墾したエンリコ・ダルガス(Enrico Mylius Dalgas)の業績は,後世への最大遺物と看做すべきということになる.聖書とキリストの贖罪という信仰を強調,『源氏物語』など日本の文学の価値を痛罵する内村の叙述に承服しかねる部分も多々ある.だがプロシヤとオーストリアに敗北し,豊饒の地を割譲せざるを得なかった小国も善き宗教,善き道徳,善き精神によって,衰えを知らない――その国デンマークを,いかなる視点で評価し語り継ぐかの指摘は,内村の人間観や文明観を魅力的に語っているように読める.

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原題: 後世への最大遺物・デンマルク国の話

著者: 内村鑑三

ISBN: 4003311949

© 2008 岩波書店