■「リチャード・ニクソン暗殺を企てた男」ニルス・ミュラー

リチャード・ニクソン暗殺を企てた男 [DVD]

 1973年,サム・ビックは,別居中の妻マリーと3人の子供を取り戻すため,事務器具の販売員として再就職する.しかし,不器用なサムは成績も伸びず,口先だけの営業を強いられることに不満を感じていた.ある日,裁判所からマリーとの婚姻解消通知が届く.新ビジネスのためのローンも却下され,追い詰められたサムは,ふとウォーターゲート疑惑の報道を耳にした.サムにとってニクソン大統領は,正直者が成功するアメリカの夢を踏みにじった男の象徴だった….

 治的,宗教的理由を別にしたテロリズムの動機とすれば,それは個人的な理由ということになる.逆恨みや被害妄想といったものも,広く怨恨に含めて考えるなら,テロリストの存在は桁外れに理解不能というわけでもない.1974年2月にワシントンのバルチモア国際空港で起きたハイジャック未遂事件のターゲットは,ウォーターゲート事件で失脚する前のリチャード・ニクソン(Richard Milhous Nixon)であった.

 単独犯サム・ビック(Samuel Byck)は,44歳で事務機器の平凡なセールスマン.家庭生活は破綻し,営業成績も揮わない彼が,荒んだ現実から身を守る盾は2枚あった.1つは,レナード・バーンスタインLeonard Bernstein)指揮のルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンLudwig van Beethoven)《ピアノ協奏曲第5番「皇帝」》.もう1つは,急進的な民族主義運動の組織「ブラックパンサー」への共感.芸術と政治活動への羨望に,ビックは一定の安らぎを得ている.

 いずれも生きがいと呼べるほどのものではなく,「セールスマンの鑑」(嘘を言いつつ国民に2度自分を売りつけた)の権化であるかのようなニクソンの抜け目なさこそ,彼の憎悪の対象となる.不器用だが正直(頭に「馬鹿」をつけるべき)な人間が報われず,二枚舌の輩がしたり顔で幅を利かす.職業と上司との関係から,支配側に立った者の論理は常に横暴ともいえるものであり,自己流の適応策を体得できなかった時点で,サムは敗残者というほかはない.この人物の心境をどう理解するかで,本作の濃密さはかなり違って受け止められるだろう.

 完全に人物造型主体の作品であるが,この場合,役者のメソッドが何よりもモノをいう.ショーン・ペン(Sean Justin Penn)の納得のパフォーマンス,さらに忘れてはならないのは,ビックの上司を演じたジャック・トンプソン(Jack Thompson)のリアルな経営者像.上司は尊大で手厳しいビジネスマンだが,懐の浅い人間ではない.ビックは悪人に囲まれ人生を歪めたわけではないことが,本作のポイントとなっている.

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原題: THE ASSASSINATION OF RICHARD NIXON

監督: ニルス・ミュラー

107分/アメリカ/2004年

© 2004 Thinkfilm Inc.