▼『〈子供〉の誕生』フィリップ・アリエス

〈子供〉の誕生―アンシァン・レジーム期の子供と家族生活

 この書は,ヨーロッパ中世から18世紀にいたる期間の,日々の生活への注視・観察から,子供と家族についての〈その時代の感情〉を描く.子供は長い歴史の流れのなかで,独自のモラル・固有の感情をもつ実在として見られたことはなかった.〈子供〉の発見は近代の出来事であり,新しい家族の感情は,そこから芽生えた――.

 供に対する礼儀作法集と同時に,親や教育者向けの教育学文献――クインティリアヌス,プルタルコスエラスムスらに依拠――があらわれ始めるのは,17世紀初頭である.子供の純粋無垢は道徳的観念と結びつけられ,無分別な振舞いに対する軽蔑の除去として教育の意義が唱えられた.新しい道徳観念により,よい教育を受けた子供は小ブルジョワと呼ばれるようになり,無教育あるいは劣悪な教育の機会しかなかった子供との格差と差別を醸成した.「中世の社会では,子供期という観念は存在していなかった」.

 「ちいさな大人」と認識されていた存在が「子供」と扱われるまでの観念的変遷.7, 8歳になれば徒弟修業に出され,大人と同等に扱われた子らは,6歳まではどのようにみなされていたのか.それは動物と同等だったのである.児童の権利憲章や権利条約の成立するはるか以前,大人の従属物として弄ばれ,暴力であろうと愛護であろうと受動的に晒されるしかなかった「従属物」.乳幼児死亡率の高さは常態化しており,5歳までに死亡すればカウントすらされていない.嬰児殺しを黙認する教会すらあったという.

 その後の教育,心理,道徳,情操などが動員され「遊び」「学び」を中核とした生命感と多様性の対象化とされるまで,アンシャン・レジーム期における子供の実在は不問だったのである.1960年に発表された本書で,フィリップ・アリエス(Philippe Ariès)はアナール学派「新しい歴史学」と協調を結ぶことに成功した.4世紀にわたる墓碑銘,日誌,書簡,子供の遊戯や服装,それらが絵画に登場する時期などの考察を得て,従来の歴史学の領域を越える感情叙述マンタリテ(mentalité)を描き出した.

 1973年版の序文でアリエスは述べている.「私の第一のテーゼは伝統的な社会を解釈しようとするひとつの試みであり,第二のそれは今日の産業社会のなかで子供と家族とが占めている新しい地位を示そうとするものである」.すなわち,子供の概念と変遷を整理し,それを20世紀の時点で比較したうえで,時代的な遡行を分析する作業を通じて既存のイメージの修正と反証を叙述する.長らく在野の研究者(日曜歴史家)であったため,フォークロア研究者や一部の人口学者からの評価を除き,1948年『フランス人口の歴史』でも歴史学者から徹底して無視されたアリエスだが,本書は大きな反響を呼び「子供」「近代」をめぐる社会史と心性史に地殻変動的な議論を巻き起こした.

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Title: L'ENFANT ET LA VIE FAMILIALE SOUS L'ANCIEN RÉGIME

Author: Philippe Ariès

ISBN: 978-4-622-01832-2

© 1980 みすず書房