■「フリーダ」ジュリー・テイモア

フリーダ DTS特別版 [DVD]

 1922年,快活で利発な18歳の少女フリーダ・カーロは,乗り合わせたバスの大事故により,全身骨折,鉄棒が左臀部から子宮を貫くという瀕死の重傷を負う.療養生活で独学にて絵を描き始めたカーロは,著名な壁画家ディエゴ・リベラに見出され,2人は21歳の年齢差を超え結婚する.奔放なリベラの女性関係にカーロは悩まされ,彼女の方でも,匿った革命家レフ・トロツキーと不倫関係を結ぶ….

 ルマ・ハエック(Salma Hayek)の身長は,155cmという.ラテン系のエレガントな顔立ちと,若いころの均整の取れた体格からは,ちょっと想像しがたい.おそらく,映画のスクリーンに映し出される全体像は,いくぶん誇張したイメージを鑑賞者に与えるものなのだろう.メキシコの灼けつくような日差しとテキーラ,そのエネルギッシュな「陽」と,シュールレアリスムの「陰」が融合したら,どのような芸術が成立するのか.それを表現したフリーダ・カーロ(Magdalena Carmen Frida Kahlo y Calderón)の生涯を描くため,ハエックが8年の歳月をかけ,製作と主演を務めた.カーロの絵が映画の中で独り歩きするようなアニメーション技法などの工夫を凝らし,鮮やかな色彩の原色画をそのままモチーフにした努力が窺える.

 ハエックと同様に小柄であったというカーロのつながった眉毛,その夫ディエゴ・リベラ(Diego Rivera)の巨漢ぶりなど,リアリティの追求も図られている.だが,いずれも表層的な印象を拭えず,何かが欠けている.おそらくは,カーロとその周辺の画き込みが足りないからである.ユダヤ系ドイツ人の父とメキシコ人の母親の間に生まれたカーロの思想背景,メキシコ共産党入党,そこからくるリベラとの思想的衝突,トロツキーだけでなく,イサム・ノグチ(Isamu Noguchi)との遍歴などがはっきり描かれていない.これはどうしたことか.夫のリベラにしても,壁画家としての傑出した才能よりも,女性関係で妻のカーロを苦しめた不誠実な伴侶,というカラーがあまりに強いのである.

 パリで“ヴォーグ”の表紙を飾ったこともあったカーロだが,その絵は清涼なイメージとは程遠い.シュールな題材と過激さは,嫌悪感を伴って鑑賞者を圧倒する.一方,リベラの壁画の理念は,古代のメキシコから現代までを,世界史と政治体制の関わりで表現しようとする壮大なものだった.メキシコ革命は,スペイン人からの支配,西洋文明と封建主義から民衆を解放するために興隆した運動だった.壁画家リベラは,ダビッド・アルファロ・シケイロス(David Alfaro Siqueiros),ホセ・クレメンテ・オロスコ(José Clemente Orozco)らに並ぶ,メキシコ人のアイデンティティを,芸術を通して主張するメキシコ壁画運動の中心人物である.神話的な過去から革命の未来へ様々な物語が積み重なる重層的な壁画を手掛け,世界的評価を受けた人物の描き方は,本作に関しては首を傾げたくなる.彼がカーロに与えた苦痛は,大変なものだったであろう.しかし,同時に彼は,カーロの才能を一目で見抜き,カーロとの結婚は一度破局した後,復縁して彼女の創作活動を目の当たりにした芸術家なのである.

 「絵は自分の現実であり,すべて経験した真実を語っている」と,カーロは言葉を残している.彼女の人生に心を奪われたハエックは,企画を温め続け,スタッフ,キャスト共に,彼女自身が直接交渉して製作陣を結成した.製作と主演を務めることが前提と考えていたようだが,ジェニファー・ロペスJennifer Lopez)がカーロ役に興味を示し始めた.確かに,こちらもラテン系女優ではある.ハエックはこれに不快感を示し,「プエルトリコ人で,スペイン語もしゃべれないロペスが,メキシコ人のフリーダ・カーロを演じられるわけがない」とコメントした.ロペスも引かず,フランシス・F・コッポラ(Francis Ford Coppola)を製作に迎えて企画を進めようとしたが,ハエックは,カーロの遺族を説得してカーロの絵画の使用権を独占することに成功した.これにより,ロペス版フリーダ・カーロは実現不可能になったのであった.いわくつきの映画化,その過程での苦心惨憺は想像に難くないのだが,本作のカーロには,いわば気迫が乏しい.古代都市の遺跡やディエゴの自宅兼スタジオであった保存建造物,絢爛たる民俗衣装など,お膳立てはほとんど完璧であった.製作者の情熱も十分に感じられる.しかしながら,作品が「空洞化」したような隙間風を感じてしまうのは否めない.人物の重要な「シーン」の不十分さがその一要因であることを示してしまった映画でもある.

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原題: FRIDA

監督: Julie Taymor

123分/アメリカ/2002年

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