▼『物語 北欧の歴史』武田龍夫

物語 北欧の歴史―モデル国家の生成 (中公新書)

 中世においては西ヨーロッパの人々を恐怖に陥れたバイキングとして,現在では高度な福祉を実現させた国家として世に名高い北欧の国々.その歴史は平坦ではなく,隣接する強国ロシアとドイツを交えた度重なる戦争や民族独立運動,緊迫した国際情勢の中での苦難に満ちた中立外交などからなる.本書はデンマークスウェーデンを中軸に,両国から分離・独立したノールウェー,フィンランドアイスランド北欧五カ国の通史である――.

 欧の大使館に勤務した経験を持ち,元宮内庁式部官・イスタンブール総領事を歴任した本書が本書で述べるのは,スウェーデンノルウェーデンマークフィンランドアイスランドの通史.デンマークスウェーデンを中心に,両国から独立した三ヶ国の民族独立運動,国際情勢を概説する.著者は出版当時,北欧文化協会理事を務めていた.

 民族大移動の時代にあっても,スカンジナビア半島の実態はローマ帝国の文献に正確に記録されていないという.現在のノルド系の北欧人(アイスランド人,デンマーク人,ノルウェー人,スウェーデン人)の祖先から,ハンブルク,ロンドン,デンマーク植民地を築くバイキングが発生.西側ヨーロッパを戦慄させている.デンマーク主導でのカルマル同盟,スウェーデンバルト海の覇権を掌握など,内紛と抗争の内に北欧三王国の確立がなされていく.大国ロシアに隣接するフィンランドはロシアに侵され,デンマークは国境をめぐりドイツと攻防を繰り広げた.

 欧州列強の脅威に包囲される中での汎スカンディナヴィア主義の昂揚を,大局的に跡付けることが可能な記述である.残念ながら,本書は全体の整合性が極めて弱い.主要な事件史を垂れ流すように紙面に転記し,「海図なき古きモデル国家」とされた北欧国家の「新しいモデル」が期待できるとする結びの言葉も,主観的な評価でしかなく,物語のドラマ性は皆無.フィンランド(乙女)の抱える自治権を奪い去ろうとするロシア(大鷲)の寓意絵画《襲撃》(1899)の紹介は良い.

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原題: 物語北欧の歴史―モデル国家の生成

著者: 武田龍夫

ISBN: 9784121011312

© 1993 中央公論社