■「The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛」リュック・ベッソン

The Lady アウンサンスーチー ひき裂かれた愛 [Blu-ray]

 1988年ビルマ.英国で幸せな家庭生活を送っていたアウンサンスーチーは病気の母のため久しぶりに祖国に戻り,軍事政権が民主主義運動を武力で制圧する惨状をまのあたりにする.死後も国民から敬愛されるアウンサン将軍の娘であるスーチーに,民主主義運動家たちがリーダーになる事を懇願する.選挙に立候補する事を決意したスーチーだったが,それは軍事政権との長い闘いと,家族とひき裂かれるつらい生活の始まりでもあった….

 靭な精神力をもった女性に敬意を払うリュック・ベッソン(Luc Besson)が本作で選んだ素材は,髪にジャスミンを挿したミャンマー民主化の星・アウンサンスーチーAung San Suu Kyi).「民主主義を勝ち取った暁には,もう政府の責任を追及することはできなくなります.なぜなら,市民全体が政府だからです」.『銃とジャスミンアウンサンスーチー,7000日の戦い』(武田ランダムハウスジャパン,2008年)で述べられた言葉は,反政府運動の神輿に担ぎ出された女史の“綸言汗の如し”.

 14年に及ぶ自宅軟禁生活で,英国人である夫の臨終にも立ち会えず,子どもの成長を見届けることもない.1990年5月に行われたミャンマー総選挙でアウンサンスーチーが率いる国民民主連盟(NLD:National League for Democracy)は,人民議会の485議席中392を獲得する快挙を遂げた.また2008年5月の国民投票では新憲法が92.4%(軍政府発表)の賛成票を得て承認されているが,最大勢力の党首であれば国家元首となる通例を,軍部は歪曲し「配偶者,子どもが外国の市民権をもつ者は国家元首の資格を持たない」とする規定を残した.

 凶弾に斃れた民主推進派将軍を父にもつアウンサンスーチーが暗殺ともなれば,その父よりも神格化され民衆の暴動は尖鋭化する.それを避けるための措置が自宅軟禁であって,軍部はアウンサンスーチーの生殺与奪を握っていながら,民主主義を求める大衆の民意を無視できなかったということだ.アウンサンスーチーに立候補の申し入れを行う民主主義運動家は,ミャンマーの大学で歴史学を論じる教授たち.

 思想の統制に隠れキリシタン的に抵抗運動の準備を進めていた彼らが,どのような戦略をもっていたかが興味深いが,本作ではアウンサンスーチーの祖国愛と家族愛が同列に扱われる.シュエダゴン・パゴダ前広場に集まった50万人の民衆に語りかけ,士気を昂揚させる感動的なスピーチは,記号的ではあるがそこに至るまでの論理的な説得力は弱い.政治のダイナミズムに埋め込まれるべきヒューマニズムの不在である.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: THE LADY

監督: リュック・ベッソン

133分/フランス/2011年

© 2011 EuropaCorp - Left Bank Pictures - France 2 Cinema