▼『ビアズリー伝』スタンリー・ワイントラウブ

ビアズリー伝 (中公文庫)

 夭逝した世紀末の鬼才は,ピカソを始め,竹久夢二芥川龍之介らにも影響を与えた…「サロメ」「アーサー王の死」などの名作を遺し,初期アール・ヌーヴォーの創出者となった,ビアズリーの劇的なる生涯を,世紀末を背景に,ワイルドら多彩な人物をもからめ,膨大な資料をもとに活写する.ビアズリー伝の決定版――.

 9世紀はポルノグラフィックな芸術においても多産な世紀であったが,アカデミズムや自然主義に対抗する初期アール・ヌーヴォーの存在感は異彩を放っている.その代表的挿絵画家オーブリー・ビアズリー(Aubrey Vincent Beardsley)は,世紀末の独特で繊細な退廃美と怪奇美のスタイルを築いた.ビアズリーは,ほぼ独学でラファエル前派やジェームズ・マクニール・ホイッスラー(James Abbott McNeill Whistler),日本の浮世絵版画の技法を吸収し,大胆なデフォルメと流麗な線描を得意とした.

 当時としては斬新なこの手法により,黒と白の中間色をカリグラフィックに表し,白黒のマッスの劇的効果,「非本質的な部分が線とフォルムへの接近」を可能にしたのであった.世紀末の唯美主義芸術一派の代表的機関誌「イエロー・ブック」,応用美術を熱心に取り上げた「ストゥディオ」で活躍したビアズリーの“線”の装飾的意匠は,本人も予測が及ばなかった分野まで影響を及ぼしてきている.

 美術面のポルノグラフィに留まらず,文学と演劇,建築(とりわけゴシック建築)などであった.『アーサー王の死』『サロメ』の挿画は,病質的な感受性で登場人物の心理まで分け入るような視覚的秩序をもつ.ヴィクトリア朝の道徳規範に造形と様式を捧げることなく,ビアズリーオスカー・ワイルド(Oscar Fingal O'Flahertie Wills Wilde)とともにイギリスの世紀末,いわゆるイエロー・ナインティーズ(1890年代)を代表する人物となった.

 同時に,アルフォンス・ミュシャ(Alfons Maria Mucha)と並ぶ最も独創的なアール・ヌーヴォーの芸術家の1人でもある.アール・デコの勢力に圧されアール・ヌーヴォーが下火となった1960年代,ロンドンとアメリカで本格的なビアズリー展が開催された時期,リバイバルの象徴としてビアズリーは再認知された.アール・ヌーヴォー有機的な装飾文様は,直線的構図に敗れ去ったわけではなかったということである.

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Title: BEARDSLEY

Author: Stanley Weintraub

ISBN: 412201624x

© 1989 中央公論社