人工皮膚の開発に従事する若き科学者,ペイトン・ウェストレイクは,恋人で弁護士のジュリーが手に入れた土地の再開発にからむ収賄事件の証拠書類を持っていたことから,突然デュランら殺し屋一味に襲われ,書類を渡せと拷問を加えられた末に実験室に火をつけられる.全身に大火傷を負いながらも奇跡的に一命を取りとめた彼は,全ての神経を切断されて感覚が麻痺した結果,抑制力を失ない超人的な力を発揮するようになっていた…. |
時間制限つきの怪力無双の怪人の辿る悲劇.一般に,重度の火傷で体表の50%が傷つけば「死亡の危険あり」とされる.本作のダークヒーローは,明らかに70%を超える損傷を負っている.死の淵を彷徨った挙句,この世に舞い戻った男のモダン・クラシカルな復讐は,アメコミ調で単純明快.考えてみれば欲張りな設定である.「死霊のはらわた」シリーズで,カルトムービーの旗手とされてきたサム・ライミ(Sam Raimi)は,人間と超人のアイデンティティの狭間で悩める等身大の人物を描きたがっていた.現実問題,「スパイダーマン」の映画化権が高すぎて手が出せず,自前で創造したキャラクターが“ダークマン”であったという.
ジェームズ・キャメロン(James Francis Cameron)という強大な相手に監督権を渡すことなく,ライミはめでたく12年後に「スパイダーマン」(2002)を監督することができた.CG水準からみれば,1990年代初頭の段階では,高層ビルの間を跳梁する蜘蛛男の疾走感は出せなかったことだろう.しかし,だからといってダークマンを妥協の産物,あるいは残滓とするには勿体ない.それだけの魅力をこの不幸なヒーローはもっている.99分を過ぎるとブクブクと気泡を発しながら溶解してしまう人工皮膚.恋人の前で無事を演出するには,あまりに酷い時間制限である.
大物俳優の仲間入りする前のリーアム・ニーソン(Liam Neeson)の絶叫顔は貴重.ダークマンとなったウェストレイクが「感情爆発」で馬鹿力を発揮できるようになったのは,脳外科手術で筋肉制御のリミッターが機能不全となったためである.焼け焦げた顔を隠す包帯巻きの頭部に,黒のロングコートはステレオタイプな悲壮感ながら安定の観がある.復讐を誓ったギャング連の処刑方法といえば,どこか笑いを誘うマンガ調.シリアスとコミカルが交互に繰り出され,話の流れもシンプルなだけに興に乗ってくる.そして最大級の魅せ場は,終盤のギャング親玉との対決ではないのが愉快(こちらは平凡).
すべてに片がつき,正体も明らかになった彼を恋人が受け入れようとするが,彼女を振り切って雑踏に紛れ込むラストの余韻.ライミ作品では馴染みのブルース・キャンベル(Bruce Campbell)の凛々しい横顔が,人間を捨てダークマンとなってしまった男の宿命を印象付ける.そしてもう一つの傑作場面は,遊園地の射撃場の景品“ピンクのゾウ”.他愛ないぬいぐるみが,意表をつく活用でウェストレイクを哀れな末路に仕向けてしまう.まさに悲劇と滑稽が混在する悲喜劇.実にチープな作りながら,本作の魅力を凝縮したような場面が気に入っている.
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原題: DARKMAN
監督: サム・ライミ
96分/アメリカ/1990年
© 1990 Renaissance Pictures