▼『江戸川乱歩随筆選』紀田順一郎 編

江戸川乱歩随筆選 (ちくま文庫)

 <乱歩ワールド>を,さらに深く味わうための,めくるめくオモチャ箱.初恋の話,人形の話,同性愛文学の話,孤独癖の話,ドストエフスキーの話,歌舞伎の話,トリックの話,ディケンズの話,蒐集癖の話などなど,作家にしてエンサイクロペディストである乱歩,その素顔と創作の秘密が明かされる――.

 戸川乱歩は,中学生時代に黒岩涙香の『幽霊塔』に熱中し,岩田準一とともに稚児愛の研究をすすめた.ミステリ以外に同性愛,サディズム,エロ・グロ・ナンセンス,幻想怪奇趣味に造詣を深めた乱歩は,『陰獣』『人間椅子』『鏡地獄』『パノラマ島奇譚』などの傑作を生んだ.大学時代は,政治経済学を学んだことも背景にあって,妖艶な趣向と合理主義の精神が絡み合い,独特の世界観を形成した.

 乱歩の随筆の類は大量にあるが,紀田順一郎が精選したもので本書は構成される.1990年代に入り,ちくま文庫のために編集されたことが嬉しい.乱歩の本格的トリック,奇抜な着想に審美眼は,1920年代までの時期に発表された作品群で輝きを放っている.「人間に恋はできなくとも,人形には恋ができる.人間はうつし世の影,人形こそ永遠の生きもの」.

 人形偏愛症に執着した自己満足は,信念に近いものにまで高められている.小説と随筆は直線的な関わり合いを持つものではないが,本書にある乱歩の初恋,レンズ嗜好,恐怖の所与的条件,犯罪心理の考察などは,乱歩のヒストリカルな背骨.戦後は創作よりも,むしろ推理小説の普及と後輩の育成,研究と評論へと活動の場を移したが,通俗探偵小説で受けた乱歩の文学的骨頂は,そこにはない.

 しんしんと更けてゆく夜に,乱歩の短篇は麻薬的な愉しみを与えてくれる.異種な味付けによる快感は,本書の随筆で得ることができる.乱歩の随筆の数自体は多いものの,文庫に収録されたものは少ない.意義深い企画本だが,現在絶版.電子書籍で読むことは可能だが,興醒めもいいところ.

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原題: 江戸川乱歩随筆選

著者: 紀田順一郎

ISBN:4480029338

© 1994 筑摩書房