▼『失敗例に学ぶ「内部告発」』東京弁護士会公益通報者保護特別委員会 編

失敗例に学ぶ『内部告発』―公益通報制度を知り、守り、活かす

 コンプライアンス経営の要諦である内部通報制度は,理念や運用を誤ると関係者に多大な責任と損害を発生させる.通報または通報処理の失敗例と裁判例を分析し,現状における公益通報制度の諸問題とその解決法を検討する――.

 国においてはサーベンス・オクススリー法で,内部告発の社会的意義の必要要件を示している.「情報公開」「厳罰主義」そして「告発者の保護」.内部告発者のうち「ほとんどが職を失い,17パーセントが家を失い,15パーセントが離婚をし,10パーセントが自殺」という統計結果が出されているのも,やはり米国.日本国内でも内部告発の立法的対応が認識されてきたが,社会的な意味でのリスク・マネジメントとプロトコールは,いまだ乏しいといわざるを得ない.

 2006年4月施行の「公益通報者保護法」(以下「保護法」)で,413の法律の違反が内部告発の対象となるようになったとされている.しかし,原則,公益通報が保護するのは通報を行った労働者のみ.かつ,不正行為を行っている組織と直接雇用契約を結んでいる労働者に限定されていることは問題点.取引業者に雇用される労働者の場合には,解雇の無効,不利益な取り扱いの禁止は適用されない.コンプライアンス向上の足枷になっている.

 本書は,保護法施行とともに設置された公益通報者保護特別委員会の委員や消費者庁に出向経験のある弁護士らが内部告発の「失敗事例」から,公益通報制度の理念や現状を再検討し,見逃されがちな陥穽を述べている.外部から遮断された組織構造と組織文化,職種と階層が並存している組織への適用の難しさ.閉鎖的雰囲気に支配され守られている組織に,「公益通報」と「内部告発」がいかに風穴を開けることができるか.

 告発者の証拠収集活動が告発行為の「生命線」となるにもかかわらず,情報収集における民事・刑事上の法規定がなされておらず,活動による解雇等の不利益取り扱いを禁じる規定はない.アメリカの不正請求防止法,キイタム訴訟のように告発行為に報奨金を設定すると,企業活動への足枷となる懸念が強まる.第6章「諸外国の公益通報者保護制度」で米・英・独・仏・韓の公益通報制度の紹介は重要だが,現状にせよ問題点にせよ,表層的な記述が目立つ.今少し掘り下げた考察が必要.

事業所内部に内部告発を受けた時は,内容が真実の通報であれば事業者にとって是正の機会,準備の時間的余裕を与えるものとして歓迎すべきことである.もし事実が異なるのであれば調査結果を丁寧に通報者に知らせ納得を得られるように努力すれば良い.その後外部に通報される事態になったとしても,事前準備は済んでいるので慌てることはない.報復措置あるいは報復と取られかねない措置は無用の係争やコストアップ,事業者の社会的評価の低下を招くだけである

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原題: 失敗例に学ぶ「内部告発」―公益通報制度を知り,守り,活かす

著者: 東京弁護士会公益通報者保護特別委員会編

ISBN: 9784939156281

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