▼『数学流生き方の再発見』秋山仁

数学流生き方の再発見―数学嫌いに贈る応援歌 (中公新書)

 大学入試の数学に自信のない受験生やその父母の中には,数学の才能は特別で,これは遺伝によるものと諦めている人が多い.ところが,そうではない,数学的な能力は日常生活をキチンと送れる能力と大差はないのだと著者は力説する.そのため,映画の主人公「寅さん」や一流の数学者に登場願い,その生き方と能力を分析し,また一味違う例題の解法と解説を通して,数学嫌いの読者にやる気と自信を引き出してくれるのが本書である――.

 ーター・フランクル(Péter Frankl)の自伝には,秋山仁との協働,そして友情の決裂が哀しみをもって綴られている.日本に在住しメディアの露出が増えてきた頃,秋山からの連絡は途絶え,共同で数学研究に打ち込んだ日々は過去のものとなっていった.1986年に箱根で開催された「第1回日本グラフ理論および応用に関する会議」では,2人で知的刺激に満ちた準備を進めたはずではなかったのか.

 秋山の書籍に登場する自分の「紹介」は,決して好意的なものでなかったことに衝撃を受けた,とフランクルは自伝に書いた.その書籍というのが本書である.前半部から中盤にかけては,映画「男はつらいよ」シリーズの寅さんが愚鈍に見えて,案外数学的には無能ではないこと,バレにくい嘘のつき方,ナンパの成功率などの与太話が続く.後半部の最後に,数学に生きる人々の1人としてフランクルが登場する.一読して,好意的でないばかりか悪意に満ちた記述であることは瞭然.

 秋山はグラフ理論,離散幾何学に関する多数の論文を発表し,組合せ数学の国際専門誌「Graphs and Combinatorics」の編集委員長を務める力量をもつが,学問的執着心以上に嫉妬心の強さを窺わせる.信じがたいほど数学研究にあらゆる犠牲を払う生活様式をもって,学問的貢献をなしたポール・エルデシュ(Erdős Pál)を秋山は尊敬するという.だが,真理の追究に誠実さを求め続けたエルデシュからは,信頼を得ることはできなかっただろう.

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原題: 数学流生き方の再発見―数学嫌いに贈る応援歌

著者: 秋山仁

ISBN: 412100986X

© 1990 中央公論社