▼『アテナイ人の国制』アリストテレス

アテナイ人の国制(アリストテレス) (岩波文庫 青 604-7)

 一九世紀末,エジプト出土のパピルス写本としてその全容が明らかになるや,たちまち古代ギリシア研究者の間で珍重されるに至った根本史料.政治学の祖ともいうべきアリストテレス(前三八四―三二二)の手によって前七―五世紀のアテナイ政体の変遷,前四世紀の徹底した民主政治の機構と運営がつぶさに記述される.詳注を付す――.

 リストテレス(Aristotelēs)とその学派は,各ポリスや周辺異民族の国制を158の国制誌で編纂したと考えられている.古代・中世の学者による引用は200を超え――68か国223篇におよぶ引用断片――編纂された大部は動乱や混迷の内に散逸していたが,1890年ナイル川河畔の砂漠地帯からほぼ完全なパピルス写本「アテナイ人の国制」が発見され,大英博物館写本部によってわずか1年後には復元・校訂本が発行されている.これによりアテナイ史のみならずギリシア国制史全般のテキストは大幅にアップデートされたという.

 マケドニア支配時代の新国制として成熟した民主制を論じた本書は,アテネの徹底した直接民主政が理想的な政治形態に近いことを詳細に述べる.前508年には,市民の家産(オイコス)を相続できるのは正妻の子に限られ,内妻の生んだ子に相続権は認められなかった.オイコスはポリス民主政の行政単位であるデモスを構成し,デモスは従来から存在した自然村落を基礎としていた.

 橋場弦(1997)『丘のうえの民主政―古代アテネの実験』(東京大学出版会)によれば,専制君主政や貴族政ではない,「民主政治というスタイルをギリシア人が最初に発見し,意識化し,制度化したことの世界史的意義」は大きい.新しい評議会(五百人評議会)を構成する評議員は,各デーモスの人口に比例して選出されたと推定され,比例代議制のはじまりであると考えられている.一方,「民主政」における"市民権"は,18歳以上の成年男子のみに与えられ女性,在留外人,奴隷には認められなかった.

 アリストテレスは,様々な役人――穀物価格の監視官,度量衡の監督官,会計検査官など――が市民の中から抽選で決定する様子を本書で詳述している.権限の停滞を防いだわけだが国防を担う将軍職については,経験を重視して抽選制をとらなかったことを明かしている.アテナイ民主政の成立と制度運用の実際は,今日の民主制からすれば歪で不合理な面も多々見受けられる.しかし民衆裁判所における多数決,公職者の抽選制や弾劾裁判などによって独裁政治を予防する民主政治の基盤を形成したアテネの国制を発達初期から紀元前5世紀末にいたるまで跡づけた「アテナイ人の国制」は,国制誌の筆頭である.

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Title: Ἀθηναίων πολιτεία

Author: Aristotelēs

ISBN: 4003360478

© 1980 岩波書店