■「ワールド・オブ・ライズ」リドリー・スコット

ワールド・オブ・ライズ [Blu-ray]

 米国の諜報機関・CIAの中でも,最高の腕をもつ敏腕工作員ロジャー・フェリス.中東からワシントンまで世界を駆け回っている彼の命運を握るのは,安全なアメリカから電話で指示を出す,冷徹なベテランCIA局員エド・ホフマンだ.彼らは,地球規模の爆弾テロを画策するテロ組織リーダー,アル・サリームを追いかけていた.時には身内にまで嘘をつきながら,熾烈な頭脳戦で情報をかき集めていくロジャーとエドは,ついに大きな賭けに出る….

 作当時,リドリー・スコット(Ridley Scott)は,1万2,000メートルの上空からターゲットをピックアップできるプレデター無人偵察機)が,イラクには350機以上駆動していることを調査していた.「それ」は,懐中の小銭の音までをキャッチし,国際諜報機関にデータを送信できる精密機.人物に目を向けると,テロリストと現地駐在の工作員フェリス/レオナルド・ディカプリオ(Leonardo Wilhelm DiCaprio)の行動を,人工衛星で監視し続けるCIAのホフマン/ラッセル・クロウ(Russell Crowe)が実にユーモラスで魅力的.

 中東から遠く離れたアメリカで,俯瞰的見取図を睥睨しながら,冷徹な指令を次々に繰り出す.家庭内では普段着で子どもの朝食を作りながら,あるいは下着を替えながらの迅速な指示を出すCIA局員という斬新さ.対イスラム原理主義という点では,当時のアメリカとヨルダンは利害が一致していた面もある.しかし,本作でスコットは,社会批判の意図を鮮明にはしていない.肥満体のホフマンが,常に間食を口にしながら職務を遂行していく「俯瞰主義」と,テロ組織の指導者逮捕のためサマラ,シェフィールド,アンマン,アムステルダム,ドバイ,インシルリクと奔走するフェリスの「現場主義」が鮮やかに対比される.

 主客の「情報戦」は,CIA側が最新テクノロジーを駆使していくのに対し,テロ組織側は,原始的な「耳打ち」で傍受を防ぎ,プレデターからのモニタリングを,「砂埃」で妨害することに成功する.これらの極端な対比が,ある種の小気味よさを生んでいる.また巧みにも,ヨルダン総合情報総局(GID)の局長サラーム/マーク・ストロング(Mark Strong)の存在が大きい.「国王を除けば最も権力のある男」とされるサラームは,“嘘”を忌み嫌う.この男を利用することを思いついたフェリスは,ヨルダン人建築家サディキ/アリ・スリマン(Ali Suliman)を,架空の爆破テロ組織「めざめの兄弟」創設者に“でっちあげ”.これほど哀れな人物もない.

 アラブ流の仁義を重んじるサラームを利用したつもりのフェリスとホフマンは,さらにしたたかなヨルダン情報局の力量を思い知る.CIAを去って中東に残る道を選んだフェリスに対し,ホフマンは「中東にいたがる人間なんていない」と皮肉る.「そういう考え方が問題だ」.フェリスの言葉を受け流すように,ホフマンが器用に箸を使って頬張るのは寿司.傲慢だが愉快この上ない.本作は,題材から期待されるようなアメリカ礼賛の度合いが低かったためか,本国アメリカでは高い評価を得なかった.スコット・フィルムは,こういう割り切りの中でこそ,佳作と呼べる作品を創り出す.そのことを再確認すべき映画である.

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原題: BODY OF LIES

監督: リドリー・スコット

128分/アメリカ/2008年

© 2008 Warner Bros. Entertainment Inc.