■「バビロンの陽光」モハメド・アルダラジー

バビロンの陽光 [DVD]

 2003年,フセイン政権が崩壊して3週間後のイラク.12歳のクルド人少年アーメッドは祖母と2人,遙か900キロ離れたナシリアを目指して旅に出る.戦地に送られたまま戻らない父を捜すため,なけなしの現金と唯一つ父が残した縦笛を携えて.片言のアラビア語で,クルド語しか話せない祖母をかばいながらの道程は過酷だったが,親身になって世話をしてくれた元兵士のムサをはじめ,様々な得難い出会いも経験するのだった….

 レイマニアのクルド人バース党武装闘争を開始したのは,1991年3月のことだった.積年の民族対立で虐殺された少数民族クルド人とアラブ人.推計では,300もの集団墓地に乱雑に放置された遺体25万人,行方不明者は100万人を超える.フセイン政権が崩壊後,湾岸戦争イラク戦争以前には275館あった映画館は,大半が焼失されてしまった.イラク国内の製作映画はわずか3本.本作はそのうちの貴重な1本である.政権崩壊から3週間後の時点を取り上げる本作は,バグダッド市内の塵煙,駐在するアメリカ軍の検閲などが生々しく,復興の兆しが見えない世界といえよう.

 紀元前600年頃に新バビロニアの王ネブカドネザル2世(Nebuchadnezzar)が建造した「バビロンの空中庭園」に憧れるアーメッドは,記憶にない父のレゾンデートル(存在理由)を大切な遺品(縦笛)に確信している.遺跡である空中庭園に降り注ぐ陽光.希望を紡ぐことが困難な捜索の旅路に,すぐれて幻想的な表象である.そして不毛の地に群れる群衆の躍動的で盛んな往来に,アクティビティの高まりを感じさせる.ヤッセル・タリーブ(Yasser Talib),シャーザード・フセイン(Shazada Hussein)はともに一般市民としてのクルド人.その台詞の80%は脚本で用意されていたが,20%は現場の雰囲気に即してリライトされたもの.

 シャーザードの夫は政治的理由で行方不明となっていたが,撮影終了後,モハメド・アルダラジー(Mohamed Al-Daradji)の起したアクション・グループ「イラク・ミッシング・キャンペーン」により,夫の最期の場所がほぼ特定したという.彼女にとって本作出演の最大の動機は夫の捜索であった.このような探索が厖大に経常化していることに,イラククルド人が旧フセイン政権に対して蜂起してから20年を経て直面する問題の根深さがある.さらに天災や人災にかかわらず,捜索者の混乱と疲弊に射す陽光に,社会関係の「失われた環」の修復の兆しを窺わせる.

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  • ヤッセル・タリーブ
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原題: SON OF BABYLON

監督: モハメド・アルダラジー

90分/イラク=イギリス=フランス=オランダ=パレスチナアラブ首長国連邦=エジプト/2010年

© 2010 Human Film, Iraq Al-Rafidain, UK Film Council, CRM-114