■「カルラのリスト」マルセル・シュプバッハ

カルラのリスト [DVD]

 オランダのハーグにある旧ユーゴ国際刑事法廷(ICTY)で,逃亡中の戦争犯罪人を追う検事がいる.彼女の名はカルラ.スイスのマフィアとの闘いで実績を残した彼女は,いまICTYの長として,いまだ行方が知れないボスニアでの大量虐殺の主犯たちを追っているのだ.しかしICTYは強制権を持たないため,非協力的なセルビア政府に対しても,粘り強く交渉を重ねるしかない.正義がなされ,カルラの努力が実る日は来るのか….

 ルプスカ共和国軍によってボシュニャク人のムスリム約8,000人が殺害・行方不明となった「スレブレニツァ虐殺」は,国連介入が迅速であれば被害を軽減できた可能性がある.そのような批判が,国連という機構の「インパーシャル」(不偏)に向けて寄せられてきた.世界各地の武力支配に対抗しうるのは,国際社会の合意に基づく統治のルール.無論,国際法という名称で単一の法が存在するわけではない.それは国際慣習法,法の一般原則,条約などを相即する公法.国家間相互依存関係とでもいうような,国と国の間での約束事を管轄する治安機構,統一的な立法機関が存在しない事実は,「主権国家」の並存からみれば当然.

 当事国の合意がなければ,国際司法裁判所にさえ管轄権がなく,執行機関もない.旧ユーゴ国際刑事法廷(ICTY)やルワンダ国際刑事法廷(ICTR)の法廷を経て2003年3月,オランダ・ハーグに設立された国際刑事裁判所(ICC)においても同様.恒常的な平和維持活動を担う国際機関が存在しない中で,ICTY検事を2007年末まで務めたカルラ・デル・ポンテ(Carla Del Ponte)の奮闘を本作は追う.国際刑事法廷にカメラが入ったのは初のことであるという.スレブレニツァで夫や息子を喪った女性の嘆きを典型例にみるまでもなく,正義の執行の必然は疑いえない.カルラの「リスト」には,旧ユーゴで集団虐殺を企て,指揮した戦争犯罪人がアップされている.

 セルビア民族主義者ラドヴァン・カラジッチ(Radovan Karadžić),ラトコ・ムラディッチ(Ратко Младић).クロアチアのアンテ・ゴトヴィナ(Ante Gotovina).彼らを拘束するために,カルラは,ハーグ国際法廷へと引き渡すよう圧力をかける.国連加盟国あるいはNGOの協力は不可欠だが,「国際的な調停者」の範疇から逸脱するべきではない,という原理原則を守る対話的チャンネルを重視する国連とは,やはり歩調が合わない局面も生まれてしまう.戦犯を逮捕する約束を空手形に終わらせようとする政府当局――戦争犯罪人の引き渡しはEU加盟の条件のひとつ――への追及も必要となる.「あきらめるなんてことは絶対に考えません」.力強い言葉を裏付ける,カルラの圧倒的なバイタリティ,冷静で迅速な判断力.

 彼女の求める「成果」は,非道な人権侵害を行った容疑者の逮捕・起訴という単純明快なもの.そこに辿りつくまで錯綜を解(ほど)くことの困難を描いているが,ドキュメンタリーとしてやや陳腐化している.分かりやすくはなったが,この種の問題の根深さを訴える独自性は弱い.カルラはICTY検事の任期満了後,2008年より駐アルゼンチン・スイス大使.辞任がすでに決定した段階から,本作はカルラ検事の務めを取材した格好だが,ゴトヴィナ拘束という大きな成果を挙げても,ICTYを去らなければならない事実は覆らない.戦争犯罪主任検事の職も,組織人の論理からは逃れ得ないところに,盲点ともいうべき問題の大きさを感じる.

カルラのリスト [DVD]

カルラのリスト [DVD]

  • カルラ・デル・ポンテ
Amazon

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: LA LISTE DE CARLA

監督: マルセル・シュプバッハ

95分/スイス/2006年

© 2006 CAB Productions