▼『ポーランドのボクサー』エドゥアルド・ハルフォン

ポーランドのボクサー (エクス・リブリス)

 69752.ポーランド生まれの祖父の左腕には,色褪せた緑の5桁の数字があった…アウシュヴィッツを生き延び,戦後グアテマラにたどり着いた祖父の物語の謎をめぐる表題作ほか,異色の連作12篇.ラテンアメリカ文学の新世代として国際的な注目を集めるグアテマラ出身の鬼才,初の日本オリジナル短篇集――.

 イノリティの人々への眼差しを感じさせる12篇.著者の母方の祖父はポーランド生まれ,強制収容所を生き延びたアシュケナージユダヤ人.他の3人の祖父母は地中海周辺のアラブ世界にルーツを持つセファルディ系ユダヤ人であるという.祖父をアウシュヴィッツから生還する手助けをしたポーランド人のボクサー,セルビア人ピアニストが憧れるルーツ,学業と親孝行の間で迷うマヤの若き詩人,中米で答えを探す放浪のイスラエル女性といった人々は,それぞれの原点を探る体験をもち回想を繰り返す.

 グアテマラシティの大学で文学を講じる「私」は,隠れた文才をもつ学生カレルに出会う.突然退学したカレルを案じ,その実家を訪ねて先住民の村へ行くが…(「彼方の」).アンティグアの文化フェスティバルで優れたピアニストに出会った「私」.そのピアニストはジプシーの血を引いていた…(「エピストロフィー」).世界を渡り歩くミランから,次々と送られてくる謎めいた絵葉書.最後に届いた一枚を頼りに「私」はベオグラードを訪れ,戦争の傷痕の残る街をさまよい歩く…(「ピルエット」).グアテマラ出身の鬼才の編み出す12篇.

 本書は,もともとの短篇集「ポーランドのボクサー」,中篇小説「ビルエット」「修道院」の3冊を一冊にまとめ,著者の考えに沿って配列した日本オリジナル版である.グアテマラシティベオグラードエルサレムと離れた地域を舞台にしているように見えて,アンティグア(スペイン語で「旧い」の意)の薫りは一貫されている.彼らは音楽,詩,言葉にならない言葉などを通して,理性の範疇を超えた境界で自らのルーツとアイデンティティを探っていくのである.それに随伴する著者自身が自省的な語り手となり,実際に出会った相手とのやりとりを小説化していくという手法,いわゆるオートフィクションの技法が効果をあげている.

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Title: EL BOXEADOR POLACO

Author: Eduardo Halfon

ISBN: 978-4-560-09045-9

© 2016 白水社