▼『鬼龍院花子の生涯』宮尾登美子

鬼龍院花子の生涯 (中公文庫)

 大正四年,土佐の高知に侠客業の看板を掲げた鬼龍院政五郎は,飛行機や相撲の興行,また労働争議の調停などで男をうる.政五郎・花子・養女松恵を中心に鬼政一族の浮沈や女たちの葛藤,鬼政一家をめぐる男達の世界を描く.土佐の一侠客を通し,今はうすれゆく仁侠道を浮き彫りにした傑作――.

 洋のルソー,中江兆民.三菱創始者岩崎弥太郎.わが国植物分類学の父,牧野富太郎.これに海援隊を加えるまでもなく,土佐出身の人物群だと分かってしまう.「いごっそう」という.頑固一徹,自然に人を威圧する豪気と才気,それにユーモアも忘れない男のことだ.「異骨相」というのは,人と言動が違うと思って調べてみたら,骨相からして異様だった,ということを意味する.

 男性の「いごっそう」に対して,では,女性の土佐気質は俗に「はちきん」という.行動面で活発的な女性をこのようにいい,女性の評価を10とすれば,2を引けば8になる.そこで「八金」とする説,あるいはこの地に八綿金右衛門という最強の馬鹿者がおり,そこから転じて「はちきん」が馬鹿者をさす言葉と定着したとする説もあるが,なぜそこからさらに女性に派生したのかはわからない.女性が愚鈍でなければ困るという,ある種のジェンダー・トラックが働いたためか.それでも,土佐の気質は愛すべきものである.坂本龍馬(1836-1867)の晴天を突き抜けるような放言がそれを語ってくれる.

 龍馬が言うた「土佐の男は酒は好き,女は好き,ほんでか女房はこわい」

 「龍馬さん,自分のことじゃいか.お龍さんは,こわいきのう.ほんなら,土佐の女は,どんなじゃ」

 龍馬が答えた.「土佐の女は,仕事好き,口ちゃガイナ,けんど男に弱い.そこが救いよのう」*1

 宮尾登美子の下積み時代は長い.作家として飛躍を遂げたのは,紛れもなく1973年の『櫂』であった.この作品で,審査員全員一致で太宰治賞を受賞するという快挙を成し遂げた.本書はそこから9年後の作品ということになる.――宮尾登美子「名義」の前は,「前田とみ子」を名乗っていた.高知県保育所社会福祉協議会に勤めていた頃のペンネームである.高知県立文学館には,無名時代の作品が寄贈されている.たとえば,「おうま稜乱――よさこい異聞」「五台山」「室戸岬の夏休み」「前里日記(1)霊南坂」「テレビドラマ沖の島地検帳」「珊瑚彫り師」「浜木綿」など.

 その原稿の文字は整然として乱れがない.そして,宮尾作品のほとんどは土佐を舞台に繰り広げられる.土佐の風俗,風土,文化を東京に拠点を移してからも大切にする宮尾の姿勢と,文章ではなく文面からも格調を感じ取ることができるだろう.浦戸湾の水を引いた掘割が,高知の市街地を潤しながら流れ込み,新京橋と納屋堀にたどり着く描写から本書は幕を開ける.大正4年に土佐の町に男家業の看板を掲げて現れた鬼政と,その一家の盛衰が鬼政の養女(松恵)の視点を中心に描かれる.

 近代侠客の元祖,幡随院長兵衛(1614-1650)の生き様は「江戸の華」と呼ばれ,「人は一代,名は末代の幡随院長兵衛・・・」の名セリフは身震いするほど勇ましい.この「院」という苗字にあやかって,大きい家という意味合いの尊称を鬼政は自分の苗字につけることにした.名付け親は小林左兵衛こと明石家万吉.維新前から明治にかけ五畿内に名を轟かせた侠勇だ.この名も,幡随院長兵衛と相模屋政五郎にあやかったといういわくをもっていた.

鬼は人間より偉い怪物,龍は神通力があるよってこの二つで行こ.何より語呂がええさかい,人が早う憶えてくれるやろ

 早く覚えるどころか,一度聞いたら忘れられないこの響き.その鬼政の娘が「花子」なのだが,これが傀儡といっていいほど存在感が薄い.その生涯がいかに波乱に富んでいたのかと想像させる名にもかかわらず,実際はたいしたことはない.八金と呼べる女性が鮮やかに登場することもない.軸となる女性はむしろ松恵なのであるが,貧しい家から鬼政にもらわれてきた陰のある女で,活発な土佐女には程遠い.だが実は,松恵こそ決断と侠気を備えた人物なのだ.苦労のあげく一緒になった夫を死なせた松恵は,「極道,やくざの娘」と遺骨の引渡しを拒否する夫の親族から,遺骨を奪い取る気概をみせる.実に有名なこのシーンは,原作よりもむしろ映画版によって広く知れ渡ることになる.

 夏目雅子(1957-1985)演じる松恵は,「わては高知の侠客鬼龍院政五郎の,鬼政の娘じゃき,なめたら,なめたらいかんぜよ」と一喝する.この名言が繰り返しテレビで放映され,一世を風靡した.が,このような台詞は原作にない.それもそのはずで,このように苛烈な言葉づかいをさせたならば,宮尾の造形した松恵像に激烈さを与えてしまうことになるだろう.だから,こんな表面的な言動で性格を語るなど,文芸としてはうまくない.宮尾自身は映画版『鬼龍院花子の生涯』を『「鬼龍院花子」秘話』で,いちばんできがよく,また原作の筋に忠実だったと語っている.これは映画と小説の違いに十分配慮した上での評価であっただろう.本書が1982年に映画化されて以降,「陽暉楼」(1983),「序の舞」(1984),「櫂」(1985)と立て続けに映画化された.

 47歳で本格デビューした宮尾は,それまでのわが軌跡を振り返ってこんなことを言ったことがある.「書いても書いても落選ばかり.編集者にも認められない日々だった」と.しかし近年は,書かねばならぬ衝動が燃えに燃え,どうしても筆をおくことができない.

 私が「芸妓娼妓紹介業」を職業とする男の娘に生まれたという,不運極まりない屈辱感である.

 戦前は,この職業も国が容認し,審査して鑑札を下し,税金も納めていたのだから,何も法に違反しているわけではないが,世間の目の冷たさを私は鋭敏に感じ取り,懸命に隠しつづけたものだった.

 幼いころから,苦界に身を沈めるのを余儀なくされる女性たちの姿を,私の目はたくさん見ており,こんな家から,こんな父から,一刻も早く逃れたいと悶え苦しんだ青春の日々を思い出す *2

 なぜ,かくも書くのかという命題をこのように答える宮尾の姿に,作品に現れる女性の原型がそのまま筆者の半生にあるのだということがわかる.思えば,どの女主人公も何かに追われ,試練に見舞われてきた.それは,ホーソーンNathaniel Hawthorne)の償いと烙印を彷彿とさせるものがある.その触知的な暗示が,本書を閉じた後の感想とともに去来してきた.侠客という言葉はいまや死語となった.法を踏み越えた境地で憮然とする「アウトロー」がその代わりとなりつつある観さえ昨今では漂う.

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原題: 鬼龍院花子の生涯

著者: 宮尾登美子

ISBN: 412203034X

© 1998 中央公論新社

*1 http://ryoma-kenkyu.jp/index.html

*2 『読売新聞』2005年9月27日