粟津環は堂本組若頭補佐で粟津組組長の妻である.気丈な彼女は,服役中の夫・等に変わり組を守っていた.ある日,環は貧しい工場を経営する父・保造と暮らす妹・真琴に縁談を持ちかけた.そんな時,堂本組総長が急死した.関西を拠点に全国的に勢力を持つ堂本組は,傘下組員二万人の暴力団で,粟津組はその直系である.堂本組の跡目相続人は,故人の遺言によって若頭の柿沼に決定した…. |
いわゆるヤクザ組織で通用する暗語"雌鶏が鳴くと組は潰れる".本作は,清水の次郎長を頭にする任侠,高倉健や池部良の任客,そして深作欣二の「仁義なき戦い」(1973)に見られる実録映画.東映製作のバイオレンスの系譜を思わせるジャンルも,暴力団に対する白眼視が一段と強まる1980年代には,下火となりつつあった.そこに颯爽と現れた「姐御」は,類稀なる気風と度胸,政治力を備えていた.
ここから始まる“女親分”シリーズには,後期の小津安二郎作品で凛然と佇んでいた岩下志麻はいない.猛禽の如き眼光で「あんた,指詰めなあかんよ」と凄み,血塗れの抗争を隠然と仕切る「極道の妻」である.跡目争いから抗争事件へと発展した粟津一派と朋竜会の会合の場は,大阪城ホールの船着場から天満橋を通り,淀屋橋へ抜ける大阪水上バス船内.表情筋をぴくりともさせない岩下が鷹なら,海千山千の猛者・成田三樹夫は蟒蛇(うわばみ).
本来,組長が主導するべき跡目争いは,彼が服役中という理由であるなら,若頭が仕切ると考えられてきた.そこに敢えて勇猛な「雌鶏」を据え置くという娯楽性は,まさしくエンタメ・ノンフの先駆けである.本作出演後,岩下は新幹線で移動中に,「その筋」の人から挨拶を受けたこともある.現実の組織関係者にも,一定の関心を抱かせた記念碑的作品なのである.
原作は,『週刊文春』に連載された家田荘子の同名ルポルタージュ.個性的な風貌で姐御に擦り寄る役柄で,家田も出演している.ユニークというよりシュールで噴いた.糟糠の妻も,危急時には「肉を切らせて骨を断つ」の覚悟で矢面に立つ.そんな豪気なヒロイズムの開拓は,男女を問わず堅気の人々をも魅きつける.息の長いシリーズとなったのも納得の題材であるが,良くも悪くも「極道の妻」のステレオタイプをこれほど強化した作品もない.
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原題: 極道の妻たち
監督: 五社英雄
120分/日本/1986年
© 1986 東映