▼『災害ユートピア』レベッカ・ソルニット

災害ユートピア――なぜそのとき特別な共同体が立ち上がるのか (亜紀書房翻訳ノンフィクション・シリーズ)

 不幸のどん底にありながら,人は困っている人に手を差し伸べる.人々は喜々として自分のやれることに精を出す.見ず知らずの人間に食事や寝場所を与える.知らぬ間に話し合いのフォーラムができる…なぜその"楽園"が日常に生かされることはないのか?大爆発,大地震,大洪水,巨大なテロ,いつもそこにはユートピアが出現した.『ニューヨークタイムス』2009年度の注目すべき本に選出――.

 害時の混乱,無秩序状態での略奪,暴行が起きるコミュニティのイメージに反して,災害直後には緊迫した状況の中で「誰もが利他的になり,自身や身内のみならず隣人や見も知らぬ人々に対してさえ,まず思いやりを示す」と,著者は本書でいう.1989年にカリフォルニア州でロマ・プリータ地震に遭い,サンフランシスコ地震から2005年に起きたニューオリンズのハリケーン被害までを取材してきた経験から,災害下で活発化する自発的な相互扶助コミュニティの理解を深めてきた自負があるようだ.

 災害学者チャールズ・フリッツ(Charles Fritts)が述べたように,災害直後には人びとが相互扶助的に助け合おうとする「ユートピア」が成立することがある.災害で既存のシステムが機能しなくなったとき,自生的な秩序が自然発生的に作られ,それが即席の親密なユートピア社会に見えるということだろう.このユートピアは,災害で引き裂かれた日常を修復するために機能し,平穏を取り戻すと個人はそれぞれの生活に戻り,消滅していく共同体であるという.

 誰もが安全を脅かされた状況で,連帯を強く意識する特別な共同体は,普段の格差や分裂を超えて市民社会が活性化された成果と見ることもできる.ただし,そのようなユートピアを持続させ,楽園の永続を夢見るのは,ロマン主義的な理想に過ぎない.権力機構や法律によらない自由な人々の結合に基礎を置く相互扶助の組織の構想.その枠にとどまる限り,本書はアナキズムの域を出ない.ヒューマニズムの刺激として本書の主張を称揚することは安易.

 官僚支配の秩序に「災害ユートピア」を対置させる意図は,結局のところ各人による各人の統治,つまりピエール・ジョセフ・プルードン(Pierre Joseph Proudhon)のいう自治制に回帰してしまう.専制支配の打倒や反ファシズムの盛り上がりで支持を集めたアナキズムに連なる論考は,いつの世にもある.戦争でもなく犯罪でもない社会防衛のネタに,大規模災害が祭り上げられてきている.それだけで,「いまや時代錯誤」という印象を避けることができるのだ.

++++++++++++++++++++++++++++++

Title: A PARADISE BUILT IN HELL

Author: Rebecca Solnit

ISBN: 9784750510231

© 2010 亜紀書房