■「ミザリー」ロブ・ライナー

ミザリー [Blu-ray]

 「ミザリー」シリーズで有名な人気作家ポールは雪道で事故に遭い,瀕死の状態を元看護婦のアニーに救われる.ポールの小説の熱狂的愛読者だった彼女は,彼を手厚く介護する.だが,新作「ミザリーの娘」でヒロインが死んだことを知り逆上した彼女はポールに心理的・肉体的拷問を加え始める….

 979年のNY,ロックフェラー・プラザ.TV番組「トゥモロー・ショウ」出演を終えたスティーヴン・キング(Stephen Edwin King)は,「自分こそが一番のファンだ」と詰め寄る熱狂的なファンに遭遇した.その男は,持参のポラロイド・カメラにキングとツーショット写真をおさめ,さらに写真にサインをするよう要求した.応じたキングは男の名を訊き,「マーク・チャップマンさんへ」と記したという.1980年12月にジョン・レノン(John Winston Ono Lennon)を射殺したマーク・チャップマン(Mark David Chapman)本人であった.狂信的な読者アニー・ウィルクスの自宅に監禁される作家ポール・シェルダンの戦慄は,黙示録的な長編『ザ・スタンド』,『ダーク・タワー』シリーズを手掛け超ベストセラー作家となっていたキング“自身”の恐怖を思わせるに十分.原作をほぼ忠実に――ポールの足を奪う「切断」と「骨折」という決定的な違いはあるが――描いた本作は,キング小説映画化の数少ない成功例である.

 分類上は間違いなくスリラー小説であるが,ジョージ・A・ロメロ(George Andrew Romero)やデヴィッド・クローネンバーグ(David Paul Cronenberg),ジョン・カーペンター(John Howard Carpenter)らではなく,ロブ・ライナー(Robert "Rob" Reiner)が監督している.ライナーは,「スタンド・バイ・ミー」(1986)でキング作品を絶妙に映画化して見せたが,コメディとロマンスの旗手というレジームを脱却したいとも考えていた.密室サスペンスとしての本作は,カメラの配置とアングル,俳優のクローズアップで,精神異常者に監禁される人気作家の極限と対決を演出している.広角レンズを多用した撮影上の工夫は,階上,エントランス,地下を行き来して臨場感を高める.おそらくこの技法は,アルフレッド・ヒッチコック(Alfred Joseph Hitchcock)の心理描写をよく研究して,見事に緊迫感を出したものと窺える.

 役者の面に目を向けると,「憧れの作家」を崇拝し初期に見せた母性は消え,ポールの小説のヒロイン“ミザリー”と自分を同一化し,狂気の地金を剥き出しにしていくキャシー・ベイツKathy Bates)の怪演.それもさることながら,拘束下にあるジェームズ・カーン(James Caan)の戦慄,決死,希望から絶望へという表情の変化が実に巧い.さらに,心理的にぎりぎりまで追い込まれていながら,アニーにユーモアを見せてしまう複雑な心理状況.強面の役柄でカーンは著名だったが,本作で繊細な心理を演じ分けることもできる役者であると証明してみせた.保安官のリチャード・ファーンズワース(Richard Farnsworth)も,長閑な町の一角で進行している異常事態を発見する困難さを描くキャラクターとして機能している.「自分(アニー)ひとりのために」御都合主義の小説を執筆するよう強要されるポールは,作家として最大の屈辱と苦痛を味わう.

 キング自身の経験した「後味の悪い」体験が,厖大な想像力の援けを得て物語化され,さらに映像化されるとこうなるという成功例である.ポールが小説を書き上げた際の「儀式」は,1本だけのラッキー・ストライク.点火用のマッチは"STRIKE ANYWHERE MATCH".お気に入りのシャンパンは1952年物のMoët & Chandon"Cuvee Dom Perignon".高級品でなくとも,インクの染みないタイプライター用紙.アニーがポール用に購入したタイプライターは,ロイヤル・タイプライター社の1914年版"Model 10"で,"n"のキーが壊れていた.本来,創作者にとって,長年の独自のこだわりを無碍に踏み荒らされることは堪えられない.しかし,すべてを乗り越え生還するポールは,『ミザリー』シリーズをも超えるような傑作の「芽」を得たことになる.キングの創作姿勢に通じる結末である.アニー・ウィルクス.それはハンニバル・レクターに優るとも劣らないモンスターである.

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原題: MISERY

監督: ロブ・ライナー

108分/アメリカ/1990年

© 1990 Metro-Goldwyn-Mayer Studios Inc.