▼『ノヴム・オルガヌム』フランシス・ベーコン

 ノヴム・オルガヌム(新機関) (岩波文庫 青 617-2)

 ベーコンがその大計画「諸学の大革新」の要の部分として大いに力を注いだ書.旧来のアリストテレス論理学関係の諸研究(オルガノン)を批判し,新しい論理学の方法を提唱して諸学問近代化への途を開いた.ノヴム・オルガヌムの名のゆえんである.論理学は本書により,近代社会の入口に立った人々の学問建設への力強い道具となった――.

 ギリス経験論哲学の祖フランシス・ベーコン(Francis Bacon)の主著.『学問の大革新』全6部として予定されていた書の第2部にあたり,全体構想が壮大すぎたために未完.知識の構造や論証法を論ずる論理学を学問研究の「用具」としたアリストテレス(Aristotelēs)『オルガノン』を痛烈に批判したベーコンは,形式性ゆえの不毛に引導を渡すことを企図した.スコラ哲学的な演繹による論証ではなく,帰納法による論証の意義をアフォリズム箴言)として逐次述べたもの.帰納的な実験・観察には誤解や先入観がつきまとうことは否めない.

 そこでベーコンは,そのような偏見を4つのイドラ(偶像)として整理したのである.人間が本来もっている感覚や精神の制約から生じる錯覚・偏見(種族のイドラ).個々人は,置かれた状況や環境により見方が歪む(洞窟のイドラ).社会活動においては言語の不適切な使用で誤解が生じる(市場のイドラ).権威や伝統を無批判に受け入れるために支配される(劇場のイドラ).帰納法によって思考し判断する論理学とは,4つのイドラを克服して真実の道を開くことにほかならない.イドラの普遍性は疑う余地なく,ルネ・デカルト(René Descartes)『方法序説』とともにルネサンス以降の〈近代科学の根幹〉に多大な影響をもたらした.

諸学の現状について,それが恵まれていず,大きく前進していないこと,そして精神が自然界に対して自己の権能を行使しうるためには,以前に知られていたとは,全く別の道が人間の知性に開かれねばならず,かつ別の補助手段が用意されねばならないこと

 ベーコンの主張は,17世紀の王立協会,科学アカデミーの設立によって実現し近代科学を推進したのであった.科学の合理性と客観性をめぐって,普遍性と可謬性をいかなる立場から見るのか.ベーコンの残した巨大すぎる課題は,トマス・クーン(Thomas Kuhn)とカール・ポパー(Karl Popper)の論争から考察することはできる.今日に至っても,イドラ克服の道程を示すほどの方法論的成熟はみられない.それでも本書は,演繹法を基礎としていた学問に「大革新」をもたらし,近代自然科学の法則の帰納的抽出に貢献した業績である.

そしてこのような仕方で,経験的能力と理性的能力(これらの間の身勝手で不幸な離婚および離縁状が,人間一家のあらゆるものを混乱せしめたのだが)の間の,何時までも変らぬ真の合法的な婚姻をば,我々は固めたものと考える

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Title: NOVUMU ORUGANUMU

Author: Francis Bacon

ISBN: 4003361725

© 1978 岩波書店