■「ニュー・シネマ・パラダイス」ジュゼッペ・トルナトーレ

ニュー・シネマ・パラダイス [Blu-ray]

 シチリア島の小さな村にある映画館・パラダイス座.親の目を盗んではここに通いつめる少年トトは,大の映画好き.やがて映写技師の老人アルフレードと心を通わせるようになり,ますます映画に魅せられていくトト.初恋,兵役を経て成長し,映画監督として活躍するようになった彼のもとにアルフレードの訃報が.映画に夢中だった少年時代を懐古しつつ,30年ぶりにトトはシチリアに帰ってきた….

 タリアの喜劇王トト(Totò)の愛称をつけられた映画好きの少年は,成長し映画監督サルヴァトーレとして名を馳せる.シチリアを飛び出し社会的に成功を収めても,胸に去来するのはジャンカルド村で出会った映画技師アルフレードの厳しい教え,身分の壁で引き裂かれた初恋の女性エレナへの恋慕.庶民にとって唯一といっていい位置にあった映画娯楽を,古典映画のルネサンスの慕情を篭めたジュゼッペ・トルナトーレ(Giuseppe Tornatore)の着眼点,エンニオ・モリコーネ(Ennio Morricone)の甘く哀切なメロディのテーマ曲が枢要な映画である.

 ノスタルジックな情感が全体を支配しつつ,初老となったサルヴァトーレが帰郷しアルフレードからの遺品――オリジナル・フィルム――を受け取るまで,映画という文化の持つ崇高性を華やいで描いてみせる.万華鏡さながらに瞬間的に輝きをみせ,消えていく幾多の場面の連続性ある美しさ.キスシーンを含め,検閲で「卑猥」とされ上映時にカットされたシーンの繋ぎ合わせに過ぎないフィルムは,映画に手向けられた孤独な匠の心意気である.人々が喜悦したサイレント映画からリアリズム,ネオ・リアリズムにおける人間の群像.映写室からスクリーンに映じられる一筋の光は,悲喜のさざめきをパラダイス座にもたらした.

 映画を通じて,人々の心に灯った「他者の人生への共感性」は,彼らの内面の糧となり,映画とパラダイス座への限りない愛着を育んだ.純朴とさえ思えるドラマは,ジャンカルド村に息づく娯楽の中心であり続けたパラダイス座の周縁で生まれている.製作当時,トルナトーレは32歳.人生の機微を描くには若すぎ,それは173分のディレクターズ・カット版の冗長なメロドラマ性に現れている.このバージョンでは,悲痛や後悔は,映像に描かぬことで輝きを保つことを信じていないことが最大の問題.さらに主体者をパラダイス座からサルヴァトーレの人生へと転換させているため,劇場公開版とはもはや別物と見たほうがいい.

 壮年に達した映画監督の目にする銀幕に,炸裂する愛惜はディレクターズ・カット版では萎む.それは,削除すべきシーンを追加して完成された長大なまがい物.アルフレードの“遺言”をサルヴァトーレが目の当たりにするシーンの技師は,トルナトーレ本人.晩年のフェデリコ・フェリーニ(Federico Fellini)に依頼した役だが,フェリーニは断った.トルナトーレにとっては,フェリーニに対するオマージュを表現したつもりだったかもしれない.しかしこのような形では,偉大なる先達への大変な無礼にあたると判断できなかった甘さ.本作は名作であるには違いないが,微妙な点でトルナトーレの心得違いが散見される映画である.

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原題: NUOVO CINEMA PARADISO

監督: ジュゼッペ・トルナトーレ

124分/イタリア=フランス/1988年

© 1988 Les Films Ariane