父親の厳格な教育方針と母親の溺愛の中で育った一人息子の順は,親から与えられたスナックを経営していたが,ある日,幼なじみのケイ子との交際を禁じられ発作的に父親を殺し,錯乱した母親をも刺し殺してしまう….キネマ旬報ベストワンはじめ各映画賞を総ナメにした衝撃作. |
儒教の説く忠孝や報恩は,子の親に対する道徳観念を1つの基盤とし前提に置く.従来,法制度にも反映されていた.1973年4月最高裁が違憲とした尊属殺人罪(刑法200条)規定は,情状酌量されるべき事情を考慮して,尊属殺人罪は無期懲役または死刑のみという慣行を改めたもの.本作の原作は,中上健次の『蛇淫』.1969年10月30日,千葉県有数の進学校(千葉高校)を卒業した青年が,登山ナイフで両親を殺害.東京湾に投棄した殺人事件をモデルにした.当時,尊属殺人罪の該当が当然と考えられ,優秀な青年が父母を殺した合理的な理由も明らかにされないまま,1993年,最高裁で死刑が確定した.
原告は無実を主張して再審請求したが,棄却されている.「理由なき殺人」の背後にあると想像される「青春時代の苦悩」,青年と関わりのあった女性の存在.これらを映画化の題材に散りばめた本作は,今村昌平によるプロデュースのもと,田村孟の脚本,ゴダイゴの陽気と哀愁を併せもつ音楽が演出し収斂する.不条理文学であるかのような殺意を,茫然と立ち尽くす青年水谷豊が全身で語り,難聴と迫害意識の劣等感に支配された少女を,原田美枝子(当時17歳)が堂々と見せ付ける.
圧巻は,夫を殺した息子に媚態で擦り寄り,嗚咽で近親愛を迫る市原悦子.怪演を通り越し,存在自体が奇怪.青年期特有の苛立ちが,憎悪や怨念を殺意に変容させたと理解すべきではない.人生で誰しも抱える苛立ちの季節,そこで皆が殺人者になるわけではもちろんない.ノー・マンズ・ランド(無人地帯)に行き着かねば,人を殺す狂気の境地には到らず,それがどのような経路であるかは,映画では分からない.青年のざらりとした焦燥感,猟奇的殺人の描写がやけにリアルであった感触が,脳裏に刻み込まれる.
ゴダイゴの音楽が,場面の要所で効いている.ケイ子のトラウマと嘘が判明する回想の幻想的な穏やかさは「マジック・ペインティング」,女物のオレンジ色の傘を差し,気だるそうに歩く順に被さる"IF YOU ARE PASSING BY THAT WAY".シークエンス補強の効果は抜群.『雨月物語』の「蛇性の淫」のイメージとも重ならないケイ子の放埓さは,健康美はあれファム・ファタールな淫靡さは乏しい.この印象は,生い立ちやコンプレックスとの不均衡を感じさせるもの.おそらく,製作者の意図は,表出と潜在のせめぎあいをケイ子という人物に嘱したかったのではないか.
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原題: 青春の殺人者
監督: 長谷川和彦
132分/日本/1976年
© 1976 今村プロ=綜映社=ATG製作