水爆を搭載したアメリカの爆撃機が,司令部から暗号を受信.何と,それは”モスクワ爆撃命令”.しかし,それは機械の故障による間違った指令だったのだ.気づいた時には,すでに遅く爆撃機編隊を呼び戻す術は,失われていた.合衆国大統領は,核戦争回避のために,恐ろしい提案をするが…. |
多国間で軍縮問題を討議するジュネーブ軍縮会議は,唯一の多数国間「交渉」機関.軍縮会議は全会一致での意思決定の原則を採用しているが,1996年にCTBTを交渉して以来,実質的交渉は行われておらず依然,カットオフ条約の本格的検討に入っていない.本作は,100分程度の上映時間が嘘のように感じられるSFであり,社会派ドラマでもある.1964年,冷戦の真っ只中に製作され,核戦争を回避すべく奔走する軍人たちが,一触即発の状況に陶酔している異様な緊張が演出されている.一切のBGMを廃し,疑惑と誤解の積み重ねが不可逆的事態を導くウォルター・バーンスタイン(Walter Bernstein)の脚本,そしてリベラルな手法を貫徹するシドニー・ルメット(Sidney Lumet).
世界の有数国では,経済力とともに武力という指数が,まさに純然たる脅威の尺度となる.その単純法則をまざまざと見せつける.ブラック将軍がうなされる闘牛の悪夢.頻繁に見る夢だが,闘牛士の顔が見えないことに不吉な予感を募らせる.核戦争になれば生き残るのは囚人と保険会社の文書係だけになる.囚人は地下牢で,文書係は保険会社の膨大な証書に守られて放射線から逃げ延び,その後お互いの生存をかけて戦うであろう――このように論じ,ソ連陣営を徹底的に叩く壊滅戦を提唱する政治学者グロテシェル.飛び立つ爆撃機隊に出された指令は,220メガトンの水爆をモスクワに投下することであった.その命令コードは安全照合装置の故障による「エラー」であることが判明したとき,機はフェイル・セイフ・ポイントを越えていく.
ディスコミュニケーションのもたらす事態の収拾は,指令本部,国防総省,爆撃機内,ホワイトハウスの地下司令室で展開される対人間(じんかん)の信頼と判断にかかっている.オマハの基地二重安全装置,フェイル・セイフ・ポイントの2つの防御はあっけなく破られた.確かに,デジタルのエラーをアナログな密室劇で回収しようとする好対照がある.人類の圧倒的悲劇を相殺するために,米大統領の下した非人間的な「決断」.クレムリンのソ連書記長とホットラインを接続し対話しても,回避することの出来なかった武力行使の責任は,緻密な論証をする間もなく決断されている.24時間の核パトロール体制,秀逸な情報収集能力,偵察衛星で地球のどこでも見られ,人間の顔だって見分けられる.そのシステムがコンベアB-58ハスラーだった.
仏頂面のラスコブ上院議員は呟く.「確かに凄いシステムだ.しかし誰が全ての責任を負うのだ.複雑すぎて責任の所在が分からない」.爆撃機,撃墜,核爆発を直接に描写しなくとも,最悪の状況描写は切迫感をもって次々に映し出されていく.映画の緊迫感は,時間経過の感覚を鈍らせる.鑑賞後の疲労感は,容易に払拭できるものではない.ソフトウェア,ハードウェアに常に面しているべきは,ライブウェアとしての人間.その限界と信頼を度外視したエラーは,実に修復困難であるということだ.冷戦構造を真っ向から批判した本作に対し,政府および軍関係者からの協力は皆無であった.水爆搭載の戦闘機の撮影すら認められず,離陸シーンは盗み撮りされたものが使われている.
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原題: FAIL-SAFE
監督: シドニー・ルメット
101分/アメリカ/1964年
© 1964 Columbia Pictures Corporation