■「夢」黒澤明

Dreams [Blu-ray]

 ある日,五歳位の“私”は母に見てはいけないと言われていた狐の嫁入りを見てしまう.家に帰ると母が恐い顔をして立っていた.狐が来て怒っていた,腹を切って謝れと言ってたという(「日照り雨」).桃の節句の日,少年時代の“私”は不思議な少女(桃の精)を見る.少女を追って裏の桃の段々畑に出ると,人間と同じ雛人形が集まっていた(「桃畑」).“私”たち四人のパーティは,雪山登山中に猛吹雪に遭遇し,視界ゼロの雪渓に迷い,次第に睡魔に襲われる(「雪あらし」).全8篇.

 作のすべてのエピソードには,「こんな夢を見た」という一文が表示される.これは,夏目漱石の『夢十夜』における各挿話の書き出しと同じであり,黒澤明の見た「夢」をモチーフにした8つのオムニバスである.各篇は無作為な羅列ではないことが,鑑賞後にすぐ解る.

 「日照り雨」「桃畑」は少年期の幻想と不安.「雪あらし」「トンネル」は生と死が隣り合わせた青年期.「鴉」はフィンセント・ファン・ゴッホ(Vincent Willem van Gogh)に陶酔した中年期.「赤富士」「鬼哭」は科学がもたらした文明への危機感を募らせる中年期.「水車のある村」は壮年期に人生の終わりを展望しようとする黄昏.夢を媒介に,黒澤個人のクロニクルを示す映画である.

 脚本にはそれほど練り込まれた跡がなく,全体としてもバランスが悪い.日本国内では出資者が見つからなかったために,スティーヴン・スピルバーグ(Steven Allan Spielberg)に脚本を送り,ワーナー・ブラザーズへ口利きをしてもらい制作が可能になったという.「日照り雨」の不吉な虹や「赤富士」の原発爆発などの描写は,ジョージ・ルーカス(George Walton Lucas, Jr.)率いるI.L.M.の支援で実現した.ハイビジョン合成を初めて導入した本作は,夢というには映像色が赤裸々なまでに強すぎる.

 年代的にみる黒澤の内面的ジオラマは,本作の8篇だけでは説明しきれていない.ビル街で天使と共に夜空を飛翔する「飛ぶ」,阿修羅像や仏像が京都を徘徊する「阿修羅」,世界各地の白人種や有色人種が数千人入り乱れる「素晴らしい夢」の3篇が構想されていたが,撮影監督の黒澤久雄が製作費の面で黒澤に具申し,断念することになった.未完の3作について,老境に向かう黒澤がどのようなメッセージ性を持たせようとしたのかは解らない.

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原題: DREAMS

監督: 黒澤明

121分/日本=アメリカ/1990年

© 1990 Warner Bros.