▼『プリンストン高等研究所物語』ジョン・L・カスティ

プリンストン高等研究所物語

 アインシュタインゲーデルオッペンハイマー…超一流の知性だけが招聘される研究者の理想郷プリンストン高等研究所.その静かな学究的雰囲気が,フォン・ノイマンによるコンピュータ開発の画期的プロジェクトをめぐって沸騰する.未知なる観念と構想に関わる激論によって浮上する,科学者の社会的責任,そして知識の限界という究極の認識が意味するものとは――.

 対性理論,量子力学,コンピュータ理論のセットオフ.1930年代,ナチスの台頭により亡命を余儀なくされた科学者を所員として迎え入れたプリンストン高等研究所において,アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein),ジョン・フォン・ノイマン(John von Neumann),クルト・ゲーデル(Kurt Gödel),ロバート・オッペンハイマー(J. Robert Oppenheimer)らの知略が入り乱れる「アメリカの知性」の季節.それは大戦直後の1946年からということになっている.

確かにフォン・ノイマンは物理学について多くのことを知っているが,物理学における彼の関心はつねに物理的状況の数学的形式化に集中しており,物理学そのものにではない.物理的理論へのそのような公理的アプローチが物理学に対してもつ関係は,文法が文学に対してもつ関係と同じである,とアインシュタインは思った

 学生不在,実験研究室も学位授与機構ももたないこの研究所で,「論理分析と数学という道具」を駆使した超人的頭脳集団が科学界の熱気を生成したことを本書は描く.科学のアルゴリズムと真実にどこまで迫っているか不明な点も多いが,そのぶん小説仕立てで,科学研究の宿命がドラマ性をもって語られる.無矛盾性の証明方法という自己言及性の困難を不完全性定理で証明するゲーデルの教授昇進,量子論と対立しながら物理学は文学と文法を類似させていると思念をもつアインシュタイン.応用科学の意義を重んじない風潮の研究所で,ノイマンはコンピュータ製作への許可を求め評議会でプレゼンテーションを行う.

このコンピュータはさまざまな記号のセットを処理することができるだけでなく,人類の歴史におけるどのような装置よりも早くそして確実にパターンをつくったりこわしたりすることができます.そのことがこの機会がIASで製作されるべき理由なのです!それが前衛的な工学の一部だからというのではなく,それが科学の焦点として,情報が物質とエネルギーに取って代わることの始まりだからです

 科学の追求姿勢に不可分である「知性の限界」.しかし本書で生き生きと描き出されているのは,「限界に挑む可能性」ということだろう.ノイマンのプレゼンを受け,評議会は彼にコンピュータの開発を許可した.そうでなければ,プログラム内蔵方式による計算機の論理設計をもつ「ノイマン型」計算機は生まれず,後進の研究者のアプローチに伴う社会的責任も今とは異なった可能性が高い.本書の物理学と数学の論理の応酬は,相当水準の知識がなければ論理体系を解釈できないものだが,同時に文学的放縦もなされているので,誰しもスリリングさは味わえるだろう.

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Title: THE ONE TRUE PLATONIC HEAVEN

Author: John L. Casti

ISBN: 9784791761586

© 2004 青土社