▼『青い花』ノヴァーリス

青い花 (岩波文庫)

 ある夜,青年ハインリヒの夢にあらわれた青い花.その花弁の中に愛らしい少女の顔をかいま見た時から,彼はやみがたい憧れにとらえられて旅に出る.それは彼が詩人としての自己にめざめてゆく内面の旅でもあった.無限なるものへの憧憬を<青い花>に託して描いたドイツ・ロマン派の詩人ノヴァーリス(1772-1802)の小説――.

 イツ・ロマン派として文学上に軌跡を残したノヴァーリス(Novalis)は,18歳で入学したイエーナ大学で,客員教授として赴任したフリードリヒ・フォン・シラー(Johann Christoph Friedrich von Schiller)に私淑している.処女詩「若者の嘆き」を読んだシラーは,ノヴァーリスに文学の士ではなく実務家を勧める.ノヴァーリスの断想(フラグメンテ)が花開くのは,ヴィッテンベルグ大学に移籍した後に出会うフリードリヒ・シュレーゲル(Karl Wilhelm Friedrich von Schlegel)との交流,「15分間で運命が決定した」というゾフィー・フォン・キューン(Christiane Wilhelmine Sophie von Kühn)との恋愛によってである.

 ゾフィーは12歳,ノヴァーリスは22歳であった.わずか15歳で世を去ったゾフィーとの記憶は,俗世を超越したノヴァーリスロマン主義思想に多大な影響を及ぼした.詩学を高める創作活動は,シュレーゲルとの切磋琢磨を核として,2人はドイツ・ロマン派の中心となっていく.1798年の機関誌「アテネーウム」発行の頃から,“ノヴァーリス”という筆名――本名フリードリヒ・フォン・ハルデンベルク(Friedrich von Hardenberg)――は使用されるようになった.本書は1799年頃から執筆され始め,第一部が完成したが,1802年の第二部まででノヴァーリスの死によって中断した.

 ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテJohann Wolfgang von Goethe)『ヴィルヘルム・マイスターの修業時代』から多くを学んではいるが,ドイツの教養小説として現実的に過ぎ,ロマン的要素が少ないとして執筆動機が高まったとされている.青年ハインリヒの夢にあらわれた<青い花>は,ドイツ・ロマン派から生まれ出でた「無限なるものへの憧憬」を象徴する語となって,詩意の愛惜が強調される.ハインリヒが追い求める<青い花>は,乙女の姿となって現実から遠ざかって行った.ノヴァーリスが愛し早世したゾフィーの面影が,本書の構想の根幹にある.

 自己形成が既存の社会のなかでは困難であることを,教養小説は観点としてもつ.愛を求め,死者の世界までもを見聞するハインリヒの彷徨は,詩人となりゆくための行路.ゾフィーの墓の前でインスピレーションを受けて作られた詩「夜の賛歌」と,本書の理念は共通している.個人の内面葛藤をモチーフに,神秘への憧憬と回帰という反現実主義の思想は,ゲーテとシラーに染まらない霊感が象徴<青い花>に高められたというべきである.

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Title: HEINRICH VON OFTERDINGEN

Author: Novalis

ISBN: 4003241215

© 1989 岩波書店