■「天使のくれた時間」ブレット・ラトナー

天使のくれた時間 [Blu-ray]

 ウォール街で成功し,豪華な暮らしをしていたジャックはある日,突然,違う人生をおくっていた! 目覚めるとそこは今まで見たことがない部屋.横には13年前に別れた恋人ケイトが眠り,二人の子供のパパになっていた.「その世界」でのジャックは現実とは全く違うタイヤセールスマンの平凡な夫.やがてジャックに,現実の世界へ戻る時が近づいてくるが….

 りえたはずの別の人生を歩まなかったということは,今の人生観の中で「あの時の選択は最善だったか?」を時折,夢想するしかないということだ.原題"THE FAMILY MAN"に反して,邦題は「素晴らしき哉,人生!」(1946)のオマージュを感じさせる.ある年のクリスマス・イヴ,ウォール街の金融会社社長ジャックが偶然にも黒人ギャングから買い取ったのは「換金できない宝クジ券」.次の朝目覚めると,13年前に別れたはずのケイトが彼に連れ添い,しかも幼い子ども2人を共に育てる中流家庭の主となっていた.

 "異世界"では,自分は会社社長ではなく零細企業のタイヤ・セールスマン.独身生活を謳歌する大富豪の生活と,貧しいながらも温かい家族に囲まれた生活は両立できないトレードオフの関係にある.映画の冒頭,実業家としてこの上ない成功を収め,ご機嫌なジャックが口ずさむのはジュゼッペ・ヴェルディ(Giuseppe Fortunino Francesco Verdi)のオペラ「リゴレット」から,女好きの公爵が,女性を軽率で信用できないとする"La donna è mobile".また「別世界」で,妻となっていたケイトがベッドで読んでいた本は,ポーランドの作家ジャージ・コジンスキー(Jerzy Nikodem Kosiński)”Being There”.知的障害をもつ純朴な庭師が,政財界で遂げるベルエポックの寓話である.

 ケイトと営む平凡な家庭を愛し始めていたジャックは,「何があっても自分を忘れないでくれ」と彼女に頼む.旧世界で"天使"から買った「換金不可」の宝クジ券は,もう手に入れることのできない「財」(goods)の象徴である.異世界でそれを体感し,時がくればジャックは旧世界に還っていかねばならない.家族の温もりを知らずに独身を貫く人生と,知った後に独身に引き戻される人生では,空虚感がまるで違うだろう.そこで彼が未来をともに歩もうとするのは,新しい出会いに期待するのではなく,かつての恋人ケイトとの邂逅.

 結婚していれば,糟糠の妻となり所帯じみた女――といっても,ティア・レオーニは十分に美しいままだが――となる確証をすでに得ていたので,ジャックはその情愛を自分に率直に,忠実に認める.彼のそうした葛藤の末の結論は,すでに弁護士として独立していたケイトにとっては,無関係で独善的に受け止められるだろう.しかし,元の世界ではケイトも独身で,ジャックと再会し,思い出話に爽やかに華が咲く.2人が再出発できるとしたら,ここから未来に向かう「現在」の意思とコンセンサスしかないのだ.搭乗券をもたないジャックが,飛行機に乗る直前のケイトを必死で呼び止める終盤のシーンは,9.11テロ事件以前の緩いセキュリティを回顧させる場面となっている.

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原題: THE FAMILY MAN

監督: ブレット・ラトナー

125分/アメリカ/2000年

© 2000 Universal Studios