▼『愛を科学で測った男』デボラ・ブラム

愛を科学で測った男―異端の心理学者ハリー・ハーロウとサル実験の真実

 変人で恐れを知らぬ天才科学者ハリー・ハーロウ.愛情は測定・分析できるはずだと信じる彼は,当時の科学界と真っ向から対決.赤ちゃんザルが布製の母親にしがみつく有名な「代理母実験」をはじめ,物議をかもす数々の実験を繰り出し,愛が人間に欠かせない重要なものだと「科学的」に証明し,心理学に革命をもたらした――.

 理学の古典的行動主義は,ジョン・ワトソン(John Broadus Watson)に代表される初期行動主義〈意識なき心理学〉.生理学や生物学における科学的客観主義により,人間の内観を「刺激(S)‐反応(R)」という要素に置換える主張(条件付け).その原理は,人間の行動の法則を定式化し,行動を予測し,コントロールしようとする点にあり,子育ての啓発にも応用された.1928年のベストセラー『子どもと乳幼児の心のケア』で,ワトソンはこれを強烈に主張している.他方,1910年代のアメリカ孤児院の実態調査で判明したことだが,収容された子ども全員が2歳までに死亡していた.コレラチフスジフテリアなどによる乳児死亡率は高く,一般家庭でも乳幼児の25%が5歳までに死亡していた.徹底した保育施設の減菌措置が進められ,母子の接触はリスクに比してメリットは微々たるものと考えられていた.

 アメリカ心理学界を席巻した行動主義心理学を真っ向から批判したハリー・F・ハーロー(Harry Frederick Harlow)は,「母親によるケアと幼児の心的な健康の関連性について」(愛着理論)で評価されたジョン・ボウルビィ(John Bowlby)を研究チームに引き入れ,「代理母実験」をはじめ孤立・別離・ネグレクトが動物に与える影響を証明する実験で物議をかもす.アカゲザルの子を用いた実験では,授乳機能をもつ「針金製の代理母」より,授乳機能をもたない「布製の代理母」との接触アカゲザルは好むことが判った.ハーローはこれを「接触による安らぎ」と呼び,哺乳類の成長発達にとって重要変数は「安らぎ」であって「栄養」ではないと結論付けた.有名な実験結果のフォロウイングが何より興味深く,本書はその経緯を詳細に述べる.続いての「モンスターマザー」実験では,布製の代理母に子ザルが抱きつくと一定時間で針が刺すトラップを仕掛けた.子ザルたちは刺されても何度でも「母」に抱きつくことをやめなかった.

 次に,赤ん坊時代から12か月間完全隔離されたサルの行動を観察した.探索,遊戯,あらゆる行動を回避する臆病なサルとなり,精神異常と性行為不全の成体となってしまった.その雌を拘束して無理やり雄と強制交尾させる実験(レイプ・トラック)の結果,何匹かは妊娠出産に成功する.誰からも愛情を享けなかった彼女たちが"母"となったとき,「社会的知性」をもたない動物の残虐さが明らかになる.ほとんどの母はわが子を無視するか,そのかよわい手足を噛みちぎり頭を噛み砕くなど殺害してしまった.「ここに実在する母ザルほど邪悪な代理母を設計することは不可能」とハーローは書いた.彼の実現した実験は,精神分析の「空腹の理論」(母親への愛着は食物に対する欲求の二次性とする説)に対する何よりの反証となった.これは,かつて愛着理論を創始したことでアンナ・フロイト(Anna Freud)の怒りを買い,英国精神分析協会から追放されたボウルビィの正しさを支持する結果だった.

 行動主義のワトソン派やスキナー派,ハル派の理論も真実ではない――人間の正常な発達は,他者との関係性の中から構築されていくもので,その連鎖の最初の絆をもちうるものが幼少期の愛着なのだ――ハーローに率いられたウィスコンシン大学研究者の知見は,愛情の実証研究として1970年代から本格的に敷衍され,現在では成人アタッチメント理論,社会的交換理論,自己拡張理論の展開に見られる発展の基礎をなし,進化心理学にも影響がみられる.家族の分断や優しさ,絶望を測定することのすべては,愛情の法則を科学的に立証したいという知的欲求から生み出された.ただし,やはり1970年代から動物愛護保護団体や女性解放運動からハーローに批判が集中,結果として反倫理的な愛情測定の諸実験がアメリカの動物解放運動を促進した.

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Title: LOVE AT GOON PARK

Author: Deborah Blum

ISBN: 9784826901758

© 2014 白揚社