▼『発掘捏造』毎日新聞旧石器遺跡取材班

発掘捏造 (新潮文庫)

 「あっ,埋めている!」二〇〇〇年十月二十二日早朝,ひとけのない宮城県上高森遺跡の発掘現場で撮影された驚愕ビデオ.考古学界はもとより,日本中の話題をさらったこのスクープはいかにして生まれたのか.「神の手」と呼ばれた男「F」の疑惑を追って極秘取材が始まる.張り込み,隠し撮り,また張り込み.粘り強い記者たちの執念と息詰まる取材現場のすべてをお届けする――.

 70万年前まで遡ることが可能とされていた国内の遺跡発掘分野,その歴史を大きく書き換えることになった捏造事件.東北旧石器文化研究所副理事長(当時)「F」が発掘に参加したときだけ,重要な旧石器が発見され,参加しなかった場合には見つからない.「俺には(石器が)埋まってる場所が判るんだよ」.嘯く「F」の業績を鵜呑みにした当時のメディアと学会の無能さ.問題の発掘捏造は,事実の認定以前に働くアセスメントが機能しなかったことを背景に起きている.

 火砕流の中から出土.数十キロも離れた遺跡から発見された石器の切断面が「天文学的確率」で一致.馬鹿げたスクープに,神通力「ゴッドハンド」と命名し地域振興に活用した無邪気な世論に,直接的責任はない.ただ,迂闊だった.「F」グループの発掘を素直に受け入れ,まともな調査表の提出も義務付けずに教科書に載せていた行政の姿勢にこそ,反省すべき点がある.しかも,真理を追究するはずの研究者たちが,不正発覚を突き止めたわけではなかった.熱意と良識ある研究者の疑念や批判を軽視し,不遇し続けてきた学界の澱みは,如何ともしがたい.

 宮城県座散乱木遺跡,埼玉県長尾根遺跡の原人生活遺構まで,20年以上にわたる180遺跡以上で捏造が確認された.捏造,剽窃,隠蔽などは,残念ながらどの学問領域にも起き得るものだ.もとより,情報の非対称性から専門家の見解や理屈は一般人には理解しにくいのも事実.よって,学問上のトライアルアンドエラーの不闊達こそ,根深い問題といわねばならない.確信が持てないまま取材を続行した毎日新聞旧石器遺跡取材班は,本件の追跡に関しては,公器に恥じない働きを見せたというほかない.

 事件から3年後,考古学者らは,旧石器時代史あるいは先史時代史研究の相互批判を意識した日本旧石器学会の立ち上げ,中国,韓国,ロシアと共にアジア旧石器協会(APA)創設など,変革をアピールし,『日本列島の旧石器時代遺跡』データベースを構築している."神の手"の異名をとった「F」は,偽計業務妨害の疑いで告発されたが,証拠不十分として不起訴処分になった後,自ら手斧で右手の指3本を切り落したという.

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原題: 発掘捏造

著者: 毎日新聞旧石器遺跡取材班

ISBN: 9784101468235

© 2003 新潮社