■「コロンブス 永遠の海」マノエル・デ・オリヴェイラ

コロンブス 永遠の海 [Blu-ray]

 1946年,ポルトガルリスボン.マヌエルは弟とニューヨーク行きの船に乗り,大航海時代の偉人を思うのだった.数年後,マヌエルはポルトガルで取得した医師免許を生かし,ニューヨークの病院に勤務していたが,歴史研究にも熱心で,冒険家コロンブスが実はポルトガル人だったという仮説を証明しようとしていた….

 ベリア半島の西端,スペインとの1,200キロに及ぶ接地を有し,国交を盛んに行って世界の富を集めたポルトガル.現在は富国とはいいがたい.けれども,国民のおおらかな気質,中世の街並みを思わせる市街の雰囲気,そして彼らの“サウダーデ”(郷愁)は,外国の旅行者を強く惹きつける.通説では,クリストファー・コロンブス(Cristoforo Colombo)はイタリア生まれのジェノヴァ人だという.一説にはユダヤ人であった可能性,ローマ教皇インノケンティウス8世(Innocentius VIII)の落胤かというものまであって,出自は不明な部分が多い.

 コロンブスの没後500年にあたる2006年,歴史学者マヌエル・ルシアーノ・ダ・シルヴァ(Manuel Luciano da Silva)によって,コロンブスの出自に関する珍説とも思える異説が発表された.洗礼名から推測して,コロンブスエンリケ航海王子(Infante Dom Henrique)やヴァスコ・ダ・ガマ(Vasco da Gama)と同じ系譜をもつポルトガルの航海者だったのではないか,という.この新説に,ポルトガル出身マノエル・デ・オリヴェイラ(Manoel de Oliveira)の食指が動いた.101歳という世界最高齢の映画監督(当時)であったオリヴェイラは,80歳以降はほぼ毎年1本のペースで映画製作にいそしんだ.果たして,コロンブスポルトガル王家の血を引く大航海時代冒険者だったのか.

 コロンブスの足跡を追うマヌエル夫妻は,60余年の間,ささやかな歴史観を抱き続けていた.ポルトガルから米国に移住した夫妻は,70代を越えてポルトガルを探訪する.しかし,エンリケ航海王子やダ・ガマを讃えるモニュメントに対し,コロンブスの功績を示すものはポルトガルの地にはない.やはり,同郷人ではないのか――ポルトガル人の精神風土からすれば,コロンブスも,ポルトガル人も必ず呼応するはずだ.だがオリヴェイラは,本作を歴史の実証という観点で,声高に叫ぶ映画にはしない.ニューヨークのコロンバス広場には,コロンブスの像が建っている.アメリカ大陸の発見者の誉れはあろうとも,先住民には憎まれ,出生地すら定かではない.

 史実の襞に分け入ろうとする老夫妻を演じているのは,98歳のオリヴェイラ本人とその夫人.彼らの行く先々には,悠久の時空を超えて国家ポルトガルの「守護天使」が静かに佇んでいる.剣を赤と緑の国旗で包み,微笑する天使である.静謐で詩的なこの演出で,ミューズの存在が感傷というより,強いモノローグを感じさせる.夫妻は,コロンブスが大航海に旅立つまで,妻子と過ごしたポルト・サント島へ辿り着く.そこで眺める大西洋の深い藍色は,コロンブスが挑んだ時代と変わりはないはずだ.陸と血を偉大な航海者と繋ぎ合わせようとするオリヴェイラ夫妻のサウダーデに浸る横顔が,映画を締めくくる.

++++++++++++++++++++++++++++++

原題: CRISTOVAO COLOMBO O ENIGMA

監督: マノエル・デ・オリヴェイラ

75分/ポルトガル=フランス/2007年

© 2007 Filmes do Tejo II - Les Films de l'Apres-Midi