深夜の東京駅に音もなく到着した半透明列車!魂の帰還をした兵士たちは,妻を,子を,恋人を求めて――しみじみ迫る感動の珠玉篇!自らの体験を下に多くの兵隊小説を残した棟田博による「サイパンからの列車」を映画化.サイパンで玉砕した部隊の兵士たちが幽霊となって愛する家族や恋人の姿を求めて,つかの間の帰還を果たす…. |
サイパン島で玉砕した一〇八部隊の兵士たちが,英霊となり深夜の東京駅に集う.半透明の二重写しで造形された彼らは,この世のものではない.生前と同じように談笑し,おどけてみせたり不安がる師団長以下150名余りは,みな自分が亡霊であることを自覚している.
一〇八師団,一〇八連隊は実在したが,いずれもサイパンには赴いていない.史実に即した玉砕集団を描くには,戦後10年はまだ短すぎたからであろう.皇居に跪き玉砕を詫びる秋吉少将は,死後もまったく揺らいでいない敬虔さを堅持している.那須中尉の恋人,また気の弱い志水一等兵の妻子は,変わらず彼らを心の拠り所とし,健気に生きていた.
門柱を残して焼け落ちた実家を知り,母の名を呼び求める河野中尉の悲憤は不憫でもある.愛国心と家族愛を同等に扱うことを戒めた軍国主義下,「散華の御霊」と讃えられた玉砕部隊でも,心残りは家族の行く末である.束の間の一喜一憂の後,彼らの霊魂を再び乗せた軍用列車は,静かに海を越えサイパンへ帰っていく.
国粋主義のプロパガンダに毒されかねない題材であるが,家族の平穏を祈る人々の誠意は,元来澱みがないものである.一〇八部隊の兵士の魂は,懐かしい祖国ではなく今も骨が埋まる南国に戻らねばならない.喧騒にざわつく心を鎮めて鑑賞したい映画といえるだろう.
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原題: 姿なき一〇八部隊
監督: 佐藤武
84分/日本/1956年
© 1956 角川映画